| 街の様子を眺めながら歩く。 そういえば、風景が変わったな... 「おい、神」 名を呼ばれて「ああ」と返事をして少し先を行く友人たちに追いついた。 毎日忙しい日々を送っている。 社会人になって早数年。毎日充実している。たったひとつを除いては... 神には高校時代から付き合っている、という名前の恋人がいる。 ただ、此処最近仕事の忙しさを言い訳に会っていない。電話やメールは時々してはいるが、それにしても頻度が低い。 元々彼女は気を遣って我慢する性格なので、それに対して不満を聞いたことがない。 だが、不満はあると思うし、思われていなければいないで問題のような気もする。 今日のこの飲み会は、高校時代の友人達の集まりで、も参加すると言っていたので何とか仕事の調整をつけて参加した。 待ち合わせは駅前で、揃ったので店に向かっている。 は、幹事ながら急用で遅れるという連絡が入ったのだ。 彼女の急用が何なのか気になったが、それは後で聞くことにして店に入った。 落ち着いた雰囲気の創作料理の店は、確かにが好きそうな店だなと思った。 掘りごたつの個室で、とりあえず彼女を抜きにして乾杯をする。 暫くして、皆が出来上がった頃にはやってきた。 彼女も仕事が忙しく、どうやら今日の急用は仕事の関係だったようだ。クレームが入ってその対応に追われたとのこと。 「ごめんね」 そう言って入り口に一番近い、空いていた席に彼女は腰を下ろす。 改めて乾杯をし、はとりあえず目の前にある大皿の料理を取り皿に取り、隣に座る同級生と言葉を交わしている。 しまったな... 神の座った場所からはの声は聞こえない。 声も掛けづらく、せっかく久しぶりに顔を合わせたのに言葉を交わすことが難しそうだ。 今日集まった皆はそれぞれ社会に出て様々なストレスを抱えていたらしく、 「カオス...」 と神が呟くほど荒れていた。 神の携帯が鳴り、「ちょっとごめん」と部屋の外に出て通話に応じる。 ちょっとややこしい話だったので長電話になってしまい、何とか通話を終えて戻ってみると、ひとりが残っていた。 「あれ、みんなは?」 「...帰っちゃった」 彼女は俯いて呟いた。 だけを残して帰っていってしまったらしい。 神は肩を竦めて先ほど自分が座っていた箇所に腰を下ろした。 置いていたグラスの中のビールを飲みながら少し考え、 「」と名を呼ぶ。 は驚いたように顔を上げて神を見る。 「な、何?!」 「俺たちも帰ろうか。が今回の幹事だったから帰れなかったんだよね」 「え、あ..うん」 コクリと頷くの様子が少しおかしいとは思ったが、もしかしたらアルコールが回って酔っているのかもしれない。 そう思って神は特に深く追求しようとはしなかった。 席を立ち、忘れ物がないかとテーブルの下や周辺を見ているとガタンと音がした。 「わっ」と声を漏らしたのはで、神が慌てて顔を上げると、テーブルの上には倒れたグラスとそこからじわりと液体が広がっている。 中身は殆ど飲み終わっていたので、グラスが倒れてもそれほど大惨事にはならなかったが、普段のならまずはグラスを倒すことにはならないな、と神は思った。 「、今日はちょっと飲みすぎた?」 そんなに零れていなくても、帰る間際といえども放ったらかしにして帰ることは出来ないので、テーブルの上にあったお手拭でテーブルを拭く。 「ごめん」 しょんぼりとが言う。 「いいよ」と笑顔で応じる神の袖をが引っ張る。 「なに?」 「神くん」 「うん」 「わたしをお嫁さんにしてください」 衝撃的な言葉を耳にした神はその動きがぴたりと止まり、ピクリともしない。 暫くして 「?」 と声をかける。 俯いたの反応がない。 「それは、ほ..」 本気?と聞こうとして神の言葉が続かなかった。 俯いているが舟を漕いでいる。 「ここで寝ちゃうかなぁ?」 可笑しくなって笑う。 随分飲んでいたは、そのままの勢いでプロポーズして、言い切った達成感やら安心感やらで寝てしまったのだろう。 仕方ない、と神は息を吐く。 「、とりあえず店を出よう」 彼女を掘りごたつから抜け出させ、神は背を向ける。 寝ぼけているはその背に抵抗なく負ぶさった。 のバッグを手にして神は立ち上がる。 会計を済ませて店を出ると、生温かい風が吹いた。 夏が近い証拠だ。 彼女のプロポーズにまだ返事はしていないが、今返事をしてもそのまま忘れ去られそうなので今度することにした。 いや、プロポーズ自体、忘れてしまっているかもしれない。 「仕方ないなぁ」 と苦笑を漏らす。 しかし、仮にそうであっても問題はない。 「来週の休みは、絶対に時間をもぎ取ってやる...」 神はそんな硬い決意をし、安心したように眠っているに目を細めた。 |
桜風
12.5.15
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