Rainy rhapsody





図書館から帰ろうと玄関まで行くと、何だかイヤな音が聞こえた。

外を見ると、天気予報にはなかった大雨で途方に暮れた。

用意のいい人は折り畳み傘を取り出して帰ってる。

私は溜息を吐いた。

残念ながら私は今朝の天気予報士の言葉を100%信じてしまっていた。

図書館はもう閉館時間で雨宿りなんてちょっと無理。

「ああ...」

もう1度情けない声を出した。

ふと、隣に立っていた人が小さく笑った。

見上げると凄く端正な顔立ちをした人だった。

制服を見て私と同じ学校だと分かる。

...どこかで見たような??

「傘、ないんですか?」

突然声を掛けられてビックリした。

「え、ええ。今朝の天気予報ではそんなこと一言も言ってなかったので...」

「ああ、時々外れますよね」

そう言って彼が笑う。

「これ、どうぞ」

そう言って渡されたそれは、何処のコンビニでも売ってあるビニール傘。

「え、でも」

断ろうとしたら彼は私の腕にその傘を引っ掛けて走っていった。自分は傘を差さずに鞄を頭に掲げて少しでも雨を避けようにして。

同じ学校だし、何よりアレだけ目立つ容姿をしていたんだ。見つけ出せるだろう。

彼の好意に甘えて、私は透明なビニール傘をさして家に帰った。


翌日はからっと晴れた。快晴だ。

学校に、昨日借りたビニール傘を持っていった。

教室に鞄を置いて、廊下に出る。一応、同じ学年の1年の教室の中が覗きやすいから順番に見ていたら予鈴が鳴った。

慌てて教室へ戻ろうとして、誰かにぶつかった。

「ごめんなさい!!」

「いや、こっちこそ。大丈夫?」

聞き覚えのある声に顔を上げると

「あ...」

と目の前の彼から声が漏れる。

「あ!昨日の!!あの。傘、ありがとうございました」

そう言って持ってきた透明のビニール傘を渡した。

「ああ、いつもでいいのに。というか、良く分かったね、俺のクラス」

「制服着てたから学校が一緒だって分かったの。だから、片っ端から教室覗けばいつか見つけれるだろうなって思って」

「そっか。俺は今、君が同じ学校だったってのにかなり驚いたよ」

「私も昨日驚いちゃった。本当にありがとう」

そう言って教室に戻ろうとしたら

「あ。名前は?」

と言って呼び止められた。

「2組の。あなたは?」

「7組の藤真健司」

どっかで聞いたことあるなー、って思って考えていたら本鈴が鳴り始める。

「じゃあ!」

慌てて教室へ戻った。


教室に戻って冷静に考えて思い出した。

『藤真健司』。翔陽高校バスケ部史上初めて1年でレギュラーを取ったとか。彼って実は凄い人だったんだ...

まあ、初対面の人に傘を貸して自分が濡れることを選んだ彼は、確かに凄いと思う。



そう。あのときまで彼は『凄い人』だったのだ...



「何かさ。クラスが一緒になると幻滅するって言うか...」

「何がだよ」

「思い出の中の美しいままで居てほしかったって言うか...」

「誰がだよ」

「アナタ様ですよ、藤真健司様」

私は2年で藤真と同じクラスになった。

そこで藤真に抱いていた幻想という名の夢が消え、3年になっても同じクラスで現実というものの厳しさを思い知った。

凄く紳士で優しかったはずの藤真は同じクラスになったらそのメッキがはがれた。

夢?希望??昔抱いていたそれは、今となっては無きに等しい。

「そんなコト言ったって。だって全然態度変わったぞ?」

この2年間でいつの間にか呼び捨てになってるし。昔は『さん』ってカッコよく、紳士に声を掛けてきてたのに...

「アンタに合わせてるんでしょうが!」

私の声にクラスメイトの視線が一瞬だけ集まる。

けど、いつものことだからみんなそんなに気にしない。



ある日、委員会で帰るのが遅くなった。

靴箱に向かう途中で廊下の窓が濡れていることに気がつく。

それでも、小雨なら駅まで走って行けば何とかなるかなって思ってたけど。校舎を出て唖然とした。

親の敵の如く容赦ない雨が地面を叩きつけている。

「うーわー...」

これはもう笑うしかない。そんな感じ。

「おー、すげー」

声がして振り返ると、藤真を含めたバスケ部が立っていた。今練習が終わったのかもしれない。

「お疲れー」

「よお!は何でこんなに遅いんだ?」

片手を上げて藤真は上靴を脱ぐ。

「委員会」

「他のやつらは?」

運動靴を引っ掛けてつま先をトントンと地面について靴を履く。

「帰った」

って相変わらず要領が悪いな」

と言って藤真が笑う。

「傘、持ってないのか?」

不意に、藤真の友達の花形君が声を掛けてきた。

「ああ、うん。小雨なら走って帰れたけど、ね。さすがにコレだと、ちょっと無理だなーって...」

そう言うと「じゃあ、」と花形君が鞄の中を探り始めたところで、私と花形君の間に藤真が割り込んできた。

「またか。この雨女め」

と笑いながら言い放った。

「うるさいなー」

藤真は玄関に出て

「ほら、。来いよ」

と呼ぶ。

「何?」

「入れって」

と差し出されたのは何処のコンビニでも売ってる透明なビニール傘。

「駅まで送ってやるから」

「なぁに?私と相合傘をご所望なのかしら?」

そう言いながら玄関を出た。

「ばーか」とか言われると思っていたのに、藤真は一瞬言葉に詰まって顔を背けた。

あの...これ、軽口。いつもの冗談。

そう思ったんだけど、照れた藤真を見て私も照れてしまった...

「お、お邪魔します...」

「おう」

おずおずと藤真の傘に入れてもらう。

いつもより近くに居るから藤真の体温が伝わって、ドキドキした。

「何か、ドキドキするな」

不意に藤真がそう言って思わず噴出した。

どんな顔をしてるのか気になって振り返ろうとしたら頭を押さえられた。

「見んな」

そんな藤真は初めてで、凄く可愛いと思ってしまった。

「いいじゃん」

「お前、見たら後悔するぞ」

「しないしない」

「ホントに、いいんだな?」

藤真がもう1度聞いた。私が頷くと、押さえている手を緩める。

そして、振り返ると今までにないくらいの至近距離に藤真の顔があって、唇に触れられて呆然とした。

「言っただろ?後悔するって」

憮然とそう言う藤真に

「ううん、後悔してないよ」

と答えた。

「マジで?!」

「うん、意外にも」

藤真は満面の笑みを浮かべて

「今、かなり嬉しいんだけど...」

と言う。

こんな笑顔が見られるんだったら土砂降りだって悪くない。













桜風
07.4.4


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