彼の事情





「だから、ここは!は何でこんなのも分かんないんだよ!!」

「もう!いいよ!!あたし翔陽なんて行かない!!」

「はあ!?ふざけんな、コラ!いいから、シャーペン持て」

鬼の形相でそう言う健司兄ちゃんからフイ、と顔をそむけて無視をする。

バン、と大きな音を立ててテーブルに手をついて健司兄ちゃんは立ち上がった。

「おい、何処行くんだ?」

「ちょっと外の空気吸ってくる!!」

健司兄ちゃんが怒鳴るようにそう答えたすぐ後に大きな音を立ててあたしの部屋のドアが閉まった。


すぐ近くで笑った気配を感じる。

そちらに顔を向ければ、健司兄ちゃんの友達の花形さんが苦笑していた。

花形さんは高校に入ってから健司兄ちゃんと友達になった大きな人。

でも、凄く優しくて温和で。

何度か健司兄ちゃんの家に行ったときに遊びに来ていて、いつの間にかあたしのもうひとりのお兄ちゃん的な存在になった人だ。

ついでに、学校でも健司兄ちゃんの面倒を見ているとかいないとか...

「じゃあ、俺たちも休憩にしようか」

花形さんの言葉を聞いてあたしはカーペットに寝転んだ。

「疲れたぁ...」

「まあ、休憩無しでぶっ通しだったからね」

コチ、コチ、と時計の針の音が部屋に響く。

何だか無性に眠たい。


「毎日勉強頑張ってるんだろう?」

「うえ?」

突然そう言われて思わず変な言葉が出る。

ちゃん、頑張ってるなって思ったよ。前に教えたところはちゃんと出来てるし」

「でも、健司兄ちゃんはまだ怒鳴る」

拗ねてそう言うと花形さんは苦笑いをした。

「藤真は凄く楽しみにしてるんだよ」

思わず体を起こす。

「これは、藤真に口止めされているんだけどな?」

そう一言言い添えて

「藤真とちゃんは2歳違うから同じ学校に通っても1年だけだろう?だから、ちゃんが翔陽に入った暁にはバスケ部のマネージャーもしてもらうんだってそう言ってた。同じ部活だとさらに長い時間一緒に居られるだろう?」

一瞬面食らって

「あの部員全員の顔を覚える事すら困難なバスケ部のマネージャー?やだなぁ...」

そう言いつつも緩む頬はどうしようもない。

「まあ、確かに大変だろうけどな。まあ、そういうこと。ちゃんと同じ学校に通いたいってのは藤真の本音だし、だからこそあんなに厳しく言ってるんだよ。藤真はどうでもいい相手には怒ったりなんかしないだろう?」

確かにそんなタイプだと思う。

そして、健司兄ちゃんは素直な性格をしていない。

仕方ないな。こうなったらあたしが大人になるしかないじゃないか...


参考書を側に引き寄せ、分からなくて付箋を貼っていたページを開く。

「花形さん、もう休憩お終いにしても良いですか?」

「いいよ。どこ?」

「この助動詞の活用が...」

「ああ、この『なり』は終止形についてるから伝聞推定の方だな。それで、意味だけど...」




暫くして健司兄ちゃんが戻ってきた。

手にはコンビニの袋が握られていて、あたしの大好きなアイスが入っている。

「さっきは怒鳴って悪かった...」

そう言って差し出されて思わず笑ってしまった。

そんなあたしを怒ることなく健司兄ちゃんはフイ、と顔を背ける。

「藤真があんなに素直に謝るのはちゃんにだけだよ?」

帰る前に花形さんがこっそりそう教えてくれた。










桜風
07.10.14


ブラウザバックでお戻りください