振り返って 7





 少し暖かくなったと思ったのに、今日寒さが戻ってきた。

振り返って3年間過ごした校舎を見上げる。


私はこの学校に入学する動機となった、当初の予定通り、この敷地の隣にある海南大に進学が決まっている。

当時は知らなかったけど、3年間の総合学力で上位者しか私の受けた試験を受けることができなかったらしい。

危なかった。

牧くんがいなかったら、私は受験資格がなかったかもしれない。

隣に立つ牧くんを見上げた。

「何だ?寂しいか?」

苦笑して聞く。

「それは牧くんの方でしょ?」

そう返すと意外なことに「まあな」と素直に頷かれた。

「そういえば、藤真の引越しの準備は順調か?」

牧くんに聞かれて私は「あはは」と乾いた笑いをこぼした。

というのも、炊飯器争奪戦の真っ最中なのだ。

健司はこの春から関西の大学への進学が決まっている。だからと言って、家で変な関西弁を練習するのは勘弁してほしい。

というか、エセ方言は嫌な顔されかねないぞ...

我が家には健司が来るから購入した炊飯器ではあるが、ウチで買ったやつだからウチにそのままあってもいいのだ。

それなのに、健司はアレをもらっていくとか言っている。

自炊をするのに炊飯器が必要だから、と。それらしいことを言いながら。

だが、炊飯器がいるなら、これまで我が家で大活躍していた炊飯器でも十分だ。

ついでに言えば、どうせ自炊なんてしないくせに、という気持ちが大きい。

そこで、美味しいお米を炊ける炊飯器争奪戦を毎日のように行っている。

まあ、結局ウチの母親は健司の事が可愛いから美味しいお米が焚ける炊飯器を持たせるのだろうが、一応主張はしておこうと思っている。

このことを話すと「炊飯器でそんなに味が違うのか?」と牧くんがきょとんとした。

「違う!全然違う!!」

思わずぐっと両手を握りしめて言ってしまった。

牧くんは眉を上げて少し驚いた表情を見せたけど、「そうか」と苦笑する。

「うん、違うの。牧くんこそ、準備はどうなの?」

牧くんは東京の大学に進学する。

3年前も恐らくそうだったように、多くの学校から声がかかってきたらしい。

それらの学校の条件を確認し、時間があるからと言って施設を見に行ったりして慎重に学校を選んだようだった。

「ちゃんと進んでいる。俺は寮に入る予定だから、自炊の必要もないしな」

そう言って私じっと見た。

「惜しむらくは、と学校が離れることだな」

そう言われて私は小さくなった。

流石に牧くんが進学する大学のレベルは高い。スポーツ推薦ならひょいと行けるかもしれないけど、私のように普通に受験しての入学となると困難極まりない。

牧くんとは高校3年間同じクラスで過ごしたこともあり、離れるのがなんだか心許ないという気持ちはあるけど、流石にこれは自分の責任だ。

「ごめんね」というと「いや」と牧くんは笑う。

「県境跨ぐと言っても近いし。いつでも会える」

そう言って彼は私の頭を撫でた。


「バスケは続けるのか?」

不意に聞かれて「どうしようか、考え中」と返す。

部活として一生懸命打ち込むのは、もうしない気がする。

私のバスケ部生活は夏で終わった。

結局3年間1度も全国大会への出場は叶わなかった。

夏のインターハイは応援のために広島に行ったけど、自分が出ない大会というのは何とももどかしいものだ。

悔しかった。もうちょっと頑張ってたら行けたかなって思った。

「手を抜いたわけじゃないんだろう?だったら、それが実力で、の全力だったんだ」

高校生活最後の試合が終わった後、牧くんに言われた。

冷たいようなその一言は、きっとそれが牧くんのバスケに対する姿勢だと思った。

そんな人のバスケと私のバスケは違うと思う。牧くんに言ったら「そんなことはない」って言いそうだけど、私の受け取り方の問題だ。

そう思っちゃってるから、もう打ち込むことはないと思う。

ふと視界に背の高い集団が見えた。

「牧くん、神くんたち」

ジャケットの袖を引いて言うと

「ああ、そうだな」

と牧くんは頷いた。

牧くんの後任キャプテンは神くんと聞いた。歴代、あの部のキャプテンは面倒見がいいらしい。

あれだけレギュラー争いが熾烈なのにもかかわらず、だ。

心が広くないと、あの部はまとめきれないということか...

「女子部はいつだ?」

主語のない問いだけど、内容はわかる。

「この後すぐ」

「なんだ、一緒に帰れないのか」

少しがっかりしたように牧くんが言う。

「ううん、すぐって言っても3時だから、まだ全然時間あるけど。男子は?」

「明日だな。も来るか?清田が喜ぶ。...少し騒がしくなるが」

何故か今年度入った清田くんに懐かれてしまった私は、牧くんと一緒にいなくても彼に声を掛けられることがある。

面白いからいいけど、その話をすると牧くんがやっぱり少し不機嫌になるので困っていたものだ。

「ううん。男子だけではっちゃけてよ」

そう言うと「そうか?」と少し残念そうに牧くんが首を傾げ、「うん」と私は頷いた。



振り返るとこの3年間は凄く充実していて、きっと大人になっても鮮明に思い出せる時間なのだろうと思う。

この先、これと同じくらいの密度の時間があっても、たぶんこの時間は色あせない。

、帰ろう」

そう言って差し伸べてきた牧くんの手に私のそれを重ね、「うん」と頷き歩き出す。

もう一度校舎を振り返る。

見上げた空はどこまでも青かった。









桜風
15.1.1


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