その手を繋いで






3年ぶりに帰ってきたこの街は凄く変わってしまった。

私の背も伸びたし、街だって発展したんだ。

だから、変わっているのが当たり前だと思うし、でも、少し寂しくて不安になった。


私の父は転勤族で、ほとんど同じ街に何年も居たためしがない。短いときは半年で引っ越すことだってあった。

けど、この街には4年居ることができた。

その間に近所のお兄さんで仲良くなった人が居る。

その人はいつも笑顔だけど、きっと怒らせたら凄く怖い人。

でも、私には凄く優しかった。


引越しが一段落して散歩に出かけた。

おかげさまで進路は決まっている。

海南大附属高校。

此処に進路を決めたのは、偶然見に行った試合にそのお兄さんが居たから。

彼は覚えていないかもしれないけど、でも、私の憧れの人だった。

そんなことで自分の進路を決めるのも如何なものかと思ったけど、そのタイミングでこの街に戻るって決まったからコレは運命だって勝手に思ってる。


入学式の日は凄くドキドキした。

在校生も何人か出席していて、それを見渡して、見つけた。

神宗一郎。

私の憧れの人。

私が引っ越すまではこう、優しいというか、ほっそりしてると言うか...少し頼りなさがあったような気もしてたけど。

いや、それは外見であって中身は至って頼りがいの塊だったけど。これは、飽くまで外見の話!!

でも、今、この講堂の中に居る宗兄ちゃんは、何だか別人のようで、少し寂しかった。


入学式から数日経って私にも友達が出来た。

その友達のお姉ちゃんもこの学校で、バスケ部の話を聞いた。

スタメンは皆彼女が居るとか何とか。

やっぱり運動の出来る人ってのはモテるし、何よりこの海南大附属高校のスタメンともなれば皆の憧れの対象になるに違いない。

納得だ。

納得だけど、少し...かなり寂しかった。

まあ、ある程度予想してたからそんなにショックは受けてないんだけどね...


教室移動のために廊下を一人で歩いていた。

友達は当番だったり、サボリだったりで私ひとり。

向こうから背の高い男子が歩いてきた。

それが誰かって考えることなく、宗兄ちゃんだとすぐに分かった。

隣には女子が居て、

ああ、あの人が宗兄ちゃんの彼女なのかな

って思った。

「あれ?ちゃん?」

不意に声を掛けられて立ち止まった。宗兄ちゃんの隣の彼女さんも不思議そうにお兄ちゃんを見上げてる。

「あ、あの...」

「やっぱり、ちゃんでしょ?俺が中1のときだから、君が小学校卒業してすぐに引っ越した。俺のこと覚えてる?」

「宗兄ちゃ、じゃなかった神先輩」

私が言いなおすと目の前の宗兄ちゃんは目を丸くして噴出した。

「宗兄ちゃんでいいよ。ちゃんに先輩とか言われたら何だか恥かしいし」

笑いながらそういった。

そして、隣にいる彼女さんに「先に行ってて」と声を掛けていた。

彼女さんは少し不満そうな顔をしたけど、すぐに笑顔で去っていった。

「い、いいの?じゃなかった。いいんですか?彼女さんなんですよね?」

「違うよ。ただのクラスメイト。というか、敬語、やめてくれない?」

「え、でも...」

そう言うと宗兄ちゃんは困った顔をして「お願いだから」と言った。

「わかった」

「良かった。でも、嬉しいな。ちゃんが俺のことを覚えていてくれたなんて」

そう言って微笑む宗兄ちゃんの笑顔は昔とかわらずにほっとした。

「今度はどれくらい居られるの?」

「わかんない。けど、高校卒業するまでにお父さんの転勤が決まったら単身赴任、若しくは私の独り暮らしって話になってるから」

そう言うと宗兄ちゃんは微笑んで

「それなら安心だ」

といった。

言葉の意味が分からずに聞こうと思ったら予鈴が鳴り始める。

「うわ!急がないと!!」

「ああ、もうこんな時間か。ちゃんは何組?」

「5組」

「分かった。じゃあ、またね」

宗兄ちゃんはそう言って軽く走りながら去って行った。



次の日の昼休憩。

お弁当を食べていると教室内が騒がしくなった。

まあ、私にとってはどうでも良いと言うか。今の感心は目の前のタコさんウィンナー。お母さんが鉢巻まで作ってくれたその力作を箸でつまもうとして、誰かの手に攫われた。

人の楽しみを!と見上げるともぐもぐと口を動かしてる宗兄ちゃん。

「美味しいね」

「私の楽しみだったんだけど...」

「じゃあ、コレをあげるよ」

そう言って学食のプリンを机の上においてくれた。ついでにすぐ側の空いてる椅子を引いて座る。

目の前の友達はすぐ側に宗兄ちゃんが居ることに多少なりとも緊張しているようで、全然口を開かない。

恐るべし、海南大附属高校バスケ部スタメン!!

「あ、あの...さんと知り合いだったんですか?」

クラスメイトが聞いてきた。

「うん、そうだよ。ちゃんが引っ越しちゃったから3年くらい会ってないけど。昨日廊下でばったり出会って、すぐにちゃんって分かったし」

あっさりとそう言った。しかも名前で。

波紋のようにざわめきが教室に広がる。

「でも、神先輩ってバスケ部のスタメンですよね?」

「そうだね」

「彼女居るんじゃないですか?さんと仲良くしてたら誤解されるかもしれませんよ?」

誰かがそう言う。

何だか居た堪れない。

「ああ、何か噂になってるらしいね。スタメン全員彼女がいるとかって。いない人も居るよ。因みに、俺は居ない人の方だけど」

宗兄ちゃんのその言葉がまた別の波紋のようなざわめきを作る。

「そうなの?」

「そうだよ」

少しだけ嬉しかった。

「まあ、好きでもない子と付き合うつもりはなかったからね」

ポツリと呟いた。

ということは、宗兄ちゃんは好きな人が居るってことで。

私は勝手に失恋してしまったらしい。


そして、その日のうちに私が宗兄ちゃんの彼女だという噂が実しやかに広がっていた。

学校が終わって帰るのに教室から出て行こうとしたら何だか怖い感じの女の先輩に囲まれた。

ワケの分からないまま屋上へ連れて行かれる。

「ポッと出の1年の癖に。何、宗一郎の彼女面してんだよ」

そういわれた。

彼女面なんてした覚えがないし、何でそんな根も葉もないことでこんな目に遭ってるのか分からなかった。

ただ、今分かってるのはその先輩の一人に、昨日宗兄ちゃんと歩いてた女の先輩がいたということだけ。

「何をしてるんだい?」

屋上のドアが開き、入ってきたのは噂の中心の宗兄ちゃん。少し、息が上がっている。

先輩たちは後ずさって押し黙る。

「もう1回聞こうか?ちゃんに何をしてるの?」

声色は凄く落ち着いていて優しいんだけど、表情が全くその逆で、だから怖さも倍増している。

誰かの喉が鳴った。

「これは警告だよ」

にっこりと微笑んだ宗兄ちゃんは続けて

「二度とに手を出すな」

低く、凍えるような声で言い、先輩たちは逃げるように屋上から出て行った。

最後の先輩が屋上から出て行ったのを確認して宗兄ちゃんは私に振り返る。

「大丈夫?」

その表情はいつものお兄ちゃんだった。

「うん。...宗兄ちゃんってやっぱり怒ったら怖いんだね」

「よく言われるよ」

そう言って笑う宗兄ちゃんは私の知ってる優しい近所のお兄ちゃんだ。

「ごめんね、怖かったね」

そう言って頭を撫でられた。

「うん。でも、来てくれてありがとう。あれ?でも宗兄ちゃんは何で屋上って知ってたの?」

「ああ、ちゃんの友達が俺の教室まで知らせに来てくれたんだ。ちゃんが心配で結構本気で走ったよ」

宗兄ちゃんが笑いながら言った。

「ごめんなさい...」

「何で謝るかな?ねえ、ちゃん。覚えてる?」

「何を?」

ちゃん、昔言ってたよね。『中学に上がったら制服を着て好きな人と手を繋いで帰りたい』って」

あ、言ったことある。かなり憧れた...

結局、彼氏なるものが出来る間もなく引越しを重ねていったから出来なかったけど。

「俺ね。ちゃんと手を繋いで帰るその人になりたかったんだよ」

...ビックリした。宗兄ちゃん、突然変なことを言う。

「だから、高校でも、どうかな?俺、自転車だから手を繋いでってのはちょっと危ないから無理だけど。俺は好きな子を後ろに乗せて自転車で帰りたいって思うんだ。勿論、後ろに乗せたいのは、ちゃんだけど」

「えっと、あの。それって」

「俺は好きでもない子と付き合いたいとは思わないけど、好きな子とは一緒に居たいって思うんだよ。だから、ちゃんと一緒にいたいな」

そう言って微笑んだ。

「私も、宗兄ちゃん好きだよ」

「知ってる」

宗兄ちゃんは自信満々に微笑んだ。敵わない。

「ほら」

立ち上がった宗兄ちゃんは手を差し出した。

自分で立てるのに、と思っていたら

「帰るときは自転車だけど、それ以外は手を繋いでおこう?」

って言った。

私はそれに掴まって立ち上がる。

「うん」

「そういえば、俺。フォークダンスと遠足以外で女の子と手を繋ぐの初めてだ」

不意に宗兄ちゃんが言う。

「ホント?」

「ホント。ちゃんの手って小さいね」

「宗兄ちゃんは大きくてあったかいよ」

目が合って笑う。

このままずっとこんな風に手を繋いで笑いあいたいなって思った。













桜風
07.4.25


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