Like?Love?





『兄がバスケ部のOBだから』という理由で放課後に借り出されている女子生徒が居る。



去年まではマネージャーが居たからそれはなかったが、今年は早々にマネージャーと言う貴重な人材が姿を消したため、常勝の看板を背負っている海南大附属高校男子バスケット部のマネージャーっぽいものでは放課後借り出されていた。

もちろん『っぽいもの』であるは毎日部活動に顔を出す必要はない。

用事があればその用事を優先するが、それでも、用事がなくてサボったら家で兄がうるさいので仕方なく殆ど皆勤賞だ。


そんなが気の毒と言うか、彼女に対して感謝の気持ちを示そうと3年でキャプテンの牧が菓子を買ってきた。

自分はあまりそういうものを口にしないから、クラスの女子に聞いて最近美味しいと評判のそれだった。



「はぁい?」

マネージャーではないので、相手がキャプテンだろうと余り気を遣わずにいられる。

これは、結構楽だとは思っている。正しくない姿勢かもしれないが、窘められたことがないので、まあ、いいかな、と。

「いつもすまないな」

そう言って差し出されたコンビニのビニール袋。

何だろう、と覗くと菓子が入っている。

「わあ!どうしたんですか、これ!」

ぱっと輝く笑顔で顔を上げた。

この菓子は美味しいと巷で有名だが、少々値が張るのでどうしても手を出しあぐねていた代物だ。

「いつも手伝ってくれているからな。その礼だ」

「ありがとうございます。わー、牧さん大好きです!」

満面の笑みで彼女が言う。

「それは、どうも」

牧は苦笑してから離れた。

「わー、わー」と嬉しそうにそのコンビニの袋を振り回しながらは体育館を出て行った。

洗い物をしに出て行ったのだ。


翌日、武藤が菓子を持ってきた。

家に大量にあったが、家族で消費し切るのは無理だと判断し、昨日、が菓子を貰って嬉しそうにしていたから持ってきてみた。

、これやる」

何だろう、とは渡された袋の中を覗いた。

「わー!これ、どうしたんですか?」

武藤が此処に持ってきた経緯を話すとは笑って、

「ありがとうございます、武藤さん。わーい、大好きー」

と言いながらまた貰った菓子を仕舞いに体育館を後にした。

それから面白いと思って部員たちが菓子を持ってくる。

そのたびには「ありがとう」のあとに「大好き」をつける。


のあの『大好き』ほど軽いものはないな」

部活が始まる前、着替えながら高砂が苦笑した。

菓子をあげると漏れなく『大好き』が付いてくる。

そんな会話を聞きながら溜息を吐いた人物が此処にひとり。

「あれ?神さん、風邪ですか?」

「何で突然風邪って思うんだよ」

心配した様子の清田に呆れた表情で神が返す。

「あ、いや。元気ないっていうか...」

それは正解。

「おいおい、神。試合前なんだから、体調には気を配れよ」

「風邪じゃないですから」

声をかけてきた武藤にそう返して神はさっさと着替えて体育館へと向かった。

信長にでさえ、「ノブくん、大好き!」と言ってのけたのその言葉を、神は未だに自分に向けられたものとして聞いていない。


神とは同学年ということもあり、話すことが少なくない。

だから、その流れで、というのもおかしいが菓子をあげたことがある。

朝、弁当を持ってこなかったからコンビニに寄ったついでにに、と思って購入したものだ。

、これあげるよ」

購入するとき、の喜ぶ顔が浮かんだ。そして、脳内に「大好き」も響いた。

だが、

「うわー、ありがとう。あ、これわたし好きなんだ!!」

だけだった。

あれ?

ちょっと肩透かしと言うか、期待外れと言うか...

その日、清田がに菓子をあげると「大好き」と言われていた。


これは一体どういうことだろう。

もしかして、自分は彼女に嫌われているのだろうか。嫌われる何かをしただろうか。

これと言って特に思い当たることはない。あるはずがない。細心の注意を払っているのだ、こう見えて。

じゃあ、何で...

最初、が牧に「大好き!」と言った言葉を聞いたとき、ドキリとした。

そして、その言葉が他の人に簡単に向けられる姿を見て、少し腹立たしくなった。羨ましい、という気持ちも込みで。

全体練習を終えて居残り練習をしながらもそれについて悶々と悩む。

雑念のお陰で全く練習に身が入らない。

気分転換にちょっと休憩。

そう思って振り返ると女子生徒の背中が見えた。今まさに逃げようとしている背中だ。

神は反射的に駆け出して、その手を掴む。

?」

「お..お疲れ、サマ」

は正しくはマネージャーではないので、彼女の仕事は全体練習中のみだ。それが終われば残りは1年が片付けなどを行う。

だから、この時間にが校内に残っているなんてちょっと考えられない。

「まだ..帰ってなかったんだ?」

神が問う。ただし、手は離さない。はまだ逃げそうな勢いだから。

「あ、うん。そうね、帰ってなかったのよ..オホホホホ」

思い切り何かを誤魔化すような反応だ。

「ねえ、。ちょっと聞いても良いかな?」

「わたしの勘が正しければ..ちょっと勘弁していただきたく...」

「あのさ」と神はの返事を聞かなかったことにした。

って、『大好き』が口癖?」

「あー、まあ。うん、そうみたいねぇ。お兄ちゃんには気持ち悪いとか言われるけど...」

視線が彷徨っている。

「でも、オレには言わないよね?絶対に」

餌付けをしても言われない。

「そ、そうなのかしら..ねぇ」

「オレ、に嫌われるような何かした?」

「...これと言ってとくには思い当たらない、かしら」

「じゃあ、何で頑なに?」

「神くんは、わたしの『大好き』を聞きたいのですか?」

伺うようにが言う。

こう面と向かって言われると神も答えづらいが、元を糺せば自分が振った話題だ。責任を持とう。

「うん。だって、他の誰にも言うのに、オレにだけないってのは..やっぱり気になるし」

ちょっと逃げてしまった。

「いや、何かその..ね?心の準備が...というか」

「は!?」と聞き返したが、その後すぐに何となくその意味を察した。自分に都合のいい感じの解釈で。

「ねえ、。みかん好き?」

「ん?うん、好き」

「ケーキ」

「好きだよ」

「んー、コーヒー」

「そうでもない」

「じゃあ、紅茶」

「好き」

「オレ」

「す..小賢しい真似を...神くん、わたしがそんなのに引っかかるわけ...」

「オレは、好き」

そう言って神はの目をじっと見た。

『何を』という目的語はないが、それの代わりにじっと彼女の瞳を見つめる。

はそわそわとし始めた。落ち着かない。

「Like?」

「ううん。I love you」

流暢な発音だ。

「ちょ、待って!待つのだ、待ってください。もういちど...?」

さっきまでの悶々と悩んでいた問題が解決し、胸の支えがすっと取れた神は晴れやかな笑顔を浮かべている。

「良いよ。I love you。もいっかい?」

「いや、あの..いいえ。もう、おなかいっぱいです」

「じゃあ、。オレは?」

ニコニコと微笑む神に対して、はうな垂れたままだ。

「すき」と消え入るような声で言うに「『Like』?それとも『Love』?」とさらに言葉を重ねる。

アレだけ悩まされたんだからこれくらいしてもいいだろう。

「アイ ラブ ユー...」

恥ずかしくて消えてしまいたいと思いながら、ずっと何とか隠しながらやってきた本音を言葉にする。

窺うように神を見上げればニコニコとしている。

「というわけで。今後はオレ以外に『大好き』は禁止ね?オレにはいくらでも言って良いけど。寧ろ大歓迎」

さ、すっきりしたところで休憩終了。

神は掴んでいたの手を離して体育館の中に戻っていく。

「待ってる?」と振り返った神に「待ってる」とは返した。

何だか憔悴した感じだ。

「わかった」と神は返してシュート練習を再開した。


その後、の漏れなく付いてくる『大好き』はなくなった。

物足りなさを感じる部員たちも居たが、ただひとり神だけは満足していた。








相互ありがとうございますで『虹のあしあと』の湖太さんへ。


桜風
09.11.11(進呈)
09.11.29(掲載)