| 「ばいばい」 ふとそんな声が耳に届いて振り返る。 傘を差している意味に少々疑問を持つような雨の中、彼女は駆けていった。 傘を持つのに少々疑問を持っても、無いよりマシという状況は変わらない。 彼女は傘を差しておらず、その代わり、彼女の傘と思われるものが地面に転がっていた。 いや、転がっていたのではない。 置いてあった。 その中には寂しそうな瞳を潤ませた子犬が段ボール箱の中、という漫画のような状態だった。 彼女が「ばいばい」と言ったのはこの子犬に対してで、決して面識の無い神ではない。 暫く悩んだ神はそのまま子犬を抱え、彼女の傘を持って帰宅した。 家に帰ると親に驚かれて叱られもしたが、普段余りわがままを言わない息子のわがままに母親は折れた。 母は専業主婦をしているので、子犬の散歩なども請け負ってくれた。 ただし、朝は神がすること、と釘を刺され人は頷く。 高校に上がっても毎朝の散歩は欠かさず、ただし高校が少し遠いため、朝の散歩時間も早くなり、拾った子犬はちょっと大変なのかもしれない。 その頃には既に子犬ではなくなって、随分と体の大きな成犬になっていた。 「大きくなっちゃったわねぇ」 犬種に詳しくない上に、大して気にしなかった神の家族は家に庭があってよかったなぁと後になって安心した。 そして、高校と言えば驚いたことがひとつある。 子犬に傘をあげた彼女がクラスメイトになったのだ。中等部の制服は高等部のものとはかなりデザインが違い、印象が随分と変わったが、それでも彼女だと分かった。 名前は、。 面倒見のいい、しっかり者だった。 「え!?神くんの通ってた学校ってウチの近所じゃない!」 何となく話の流れでお互いの中学の話になり、が驚いた声を上げた。 「うん、そうだね」 知ってたかのようにいう神には首を傾げる。 「オレ、中学のとき見てるから」 「え、ホント?!何で?いつ??」 『いつ』と聞かれても具体的な日にちは覚えていない。 だから、を始めて目にしたときの話をした。 神の話を聞きながらは目を丸くする。 「えー!あのとき人がいたんだ!しかも、神くん!?」 「うん。雨の音に混じって『ばいばい』って聞こえて。誰かに挨拶されたのかなって振り返ったらあまり見ない制服を来た女の子..がいたんだよ」 「うち、マンションで。しかも動物NGだから絶対に飼えないし。あのまま雨に濡れてたら衰弱して死んじゃうかもしれないて思って。じゃあ、何が出来るだろうって考えたらあれしかなかったんだよね...」 残念そうに俯きながらが呟く。 「あいつ、今うちに居るよ?」 「え!ホント?元気??」 神は苦笑して頷いた。 「元気。大きくなって。夕方の散歩は母さんがしてくれてるんだけど、もう大変だって愚痴を聞かされる。まあ、可愛がってるんだけどね。『大きいのには慣れたもんよー』って」 「前にも大きな犬、飼ってたの?」 が首を傾げて問うと 「オレ」 と神が自分を指差す。 は思わず噴出した。 たしかに、大きい。 「そっか。なるほど。神くんのお母さんは確かに、大きな息子には慣れたもんよね」 くすくすと笑いながらが頷く。 「ねえ、」 まだ少し笑いが収まらないは小さく笑いながら神を見上げた。 「今度、うちに来る?久しぶりに会いたいんじゃないかな?それに、あのときのの傘、実はまだウチにあるんだ」 「いいの?!」 の表情がぱっと明るくなる。 「うん」と神が頷くと「嬉しい!」と手を胸の前で組んだ。 よほど気になっていたようだ。 神としてもを家に招待するのに理由をあれこれ悩まずに済んでとても助かる。 部活が午前中で終わる休日にを家に呼んだ。 さすがに住所を言って家に来てもらうのはどうかと思って彼女の家の近くの中学校、つまり神の母校の正門前で待ち合わせた。 私服の彼女は学校で見ているのと別人のように見えて、神は少し落ち着かないがそれは表情にも態度にも出さずにクラスメイトの神宗一郎のままだった。 「お土産、これで良い?」 そう言って近くの洋菓子店の袋を見せる。 「気にしなくて良いのに」 神は苦笑して答えるが、は気にしているので「母さん、そこのものなら何でも好きだから大丈夫だよ」と答えておいた。 正確には、『もらえるお菓子は何でも好き』なのだが、こう言った方が安心するだろうと思ってそういうと、はその言葉をすっかり信じて安心したように息を吐く。 家に案内して、そのまま庭に回った。 荷物は庭から家の中に置く。 元々人懐っこい犬だったが、どうやらのことを覚えていたらしく、他の初対面の人に対する接し方よりは激しい。 ペロペロと顔を舐めまわす犬に困りながらもは嬉しそうにそのふさふさした背中を撫でている。 終いには押し倒し始めたから神はリードを強く引いた。 「ダメだ」 はきょとんとした。 「大丈夫?」 神は興奮している犬を落ち着かせてに声をかけた。 「あ、うん。ありがとう」 しりもちをついていたため、お尻についた砂を払って立ち上がり、神を見上げた。 「なに?」 「ううん、何か。ちょっとびっくりした」 何にびっくりしたんだろう...? 「いつもとしゃべり方と言うか、声音が違ったから。ちょっと、ドキッてしたよ」 へへへ、と笑いながらいうに神も苦笑した。 「オレもドキドキしてるよ」 神の唐突な言葉には首を傾げた。 「が、いつもと違って見えるから」 はきょとんとし、その言葉の裏側だか表側だか側面だかにあるかもしれない神の真意について考えてみた。 「こら、宗一郎。庭先で女の子口説かない!」 此処で邪魔が入り、神は肩を竦めた。 「、中に入ろう。こいつとは、あとで一緒に散歩に行こう。さえよければ」 そう言って神は庭から家の中に入る。 玄関に回るべきだろうか... は頭を抱えて悩んだが、「そこから入って。どうぞ」と神の母に促されて言われたとおり庭先から家の中に入る。 そういえば、さっき神くんお母さんに注意されてたよね... その内容を思い出したはびっくりして神を見上げ、その視線を受けた神は首を傾げて微笑んだ。 |
サイトお誕生日おめでとうございますで『虹のあしあと』の湖太さんへ。
桜風
09.11.11(進呈)
09.11.29(掲載)
ブラウザバックでお戻りください