| 今朝は中々布団との決別ができず、そして気がつけばダッシュしてぎりぎり間に合うかどうかの時間に家を出る羽目になった。 空にはどんよりと暗い雲が広がっているけど、『きっと帰るまでには何とか持つ』、なんて根拠のない自信を胸に何とかセーフで教室に辿り着く。 「良い走りっぷりだな、」 教室について鞄を机の上に置き、上半身をぺたりとつけてうつ伏せた。 隣の席の牧くんが笑いながら声をかけてくる。 「へー?」 息も整わないうちに声を掛けられても、まともに返事なんて出来るはずがない。 「いいや、おはよう」 牧くんは小さく頭を振って挨拶をくれる。 「はよ」 わたしも何とか言葉を返した。 そう間を置くことなく担任が教室に入ってくる。本日の連絡事項を伝えて早々に教室から出て行った。 3時間目の途中から外が朝よりももっと暗く重い色に変わり、気がつけば空からぽっぽっと雪が落ちてきている。 『降ってくる』というよりも、『落ちてくる』という表現が似合うほど、忙しない。 うへぇ...と心の中で声をあげる。 今朝は新聞は勿論、テレビを見る余裕もなくて朝ごはんを抜いて学校まで猛ダッシュしてきた。 だから、こんな。雪が降るだなんて知らない。 そういえば、出かける間際にお母さんが何か言っていたけど、それはきっと傘を持っていくようにとかそういった類のものだったのだろうと納得した。 けど、今気がついても時既に遅しという状況だ。 この勢いで降り続けられると、絶対に帰るまでには積もってしまう。 帰るときに止んでくれればまだ良いけれど、降り続いてたら置き傘なんてしていないわたしは濡れて帰るしかない。 雪は雨みたいにびしょびしょにならないけど、どの道濡れてしまうことには変わらないし、わが校指定のコートには残念ながらフードなんてものはついていない。 フードがついていたら、恥ずかしいのを我慢してそれを被って家まで帰れたのに... ふと、隣の牧くんと目が合った。 わたしと目が合った牧くんは顔を逸らしてそして肩を震わせている。 どうやらわたしは、笑われているようだ。 何故だ...? チャイムが鳴って休憩時間に入る。 「何見て笑ってたんだよー」と絡んでみる。わざと口調を変えて。 牧くんはまた笑う。 「、自覚がないのか?」 自覚...? 何のことか分からなくて首を振ると 「百面相していたんだぞ、窓の外を見ながら」 と言ってまたクツクツと笑う。 百面相!? 「なに、それ」 「窓の外を見ながら、物凄くげんなりしたかと思うと突然何かを考え出したように真剣眼差しをしてみたり」 牧くんの言葉に沿って先ほどの気持ちが浮かんできた。 ああ、してたかも。百面相。 納得して「なるほど」と頷くと 「それは、納得してもいいことなのか?」 と言って牧くんはまた笑う。 今日は笑われてばかりだ。 放課後、部室へと向かった。 と言っても、推薦で大学が決まっているわたしは部活動をしにというより、自主活動をしにって言うべきか... まあ、そんな感じで慣れ親しんでいる部室に入ると誰もいなかった。 ...珍しい。 窓の外を見ても雪はまだ降り止まない。 部活をして、それで帰る方向が一緒の子がいたら傘に入れてもらおう、なんて浅はかなわたしの計画はあっさりと崩れ去った。 仕方ないから、絵だけでも描いてみよう。 スケッチブックを取り出した。 白くてまっさらな紙。 外の景色を見た。 もしかしたら、明日はこんな感じだろうか。 「何やってるんだ?」 不意に声を掛けられて思わず声が漏れる。 「ああ、すまん。驚いたか」 毎日耳にする声に振り返ると彼は本当に済まなそうは表情を浮かべていた。 本当に良い人だ。 「うん、驚いた」 そう返すともう一度「すまん」と言われた。 「どうしたの、牧くん。珍しいね」 「いや、珍しいのはの方だろう。文化部なのにまだ引退していなかったのか?」 彼の言葉に首を振る。 「間借りしているようなもんかな。引退はしてるよ。で、牧くんは態々なんで美術室に?」 「ああ、副顧問を呼びに来たんだ。今日は監督が研究会だかなんだかで出張だから」 牧くんの言葉に驚いた。 「え、副顧問って。うちの顧問だったの?!」 「ああ、そうだ」と牧くんは頷いた。 3年間美術部に所属していたのに知らなかった。 「先生は職員室に居るってさっき出てったよ」 牧くんは「読み間違ったな」と呟く。 「職員室にはまだ行ってないんだ?」と聞くと「いつもこっちにいるからな、先生は」と少しだけ悔しそうに頷いていた。 そして、気がついたようにわたしの手元を見る。 「何描いてるんだ?」 「まだ何も」、と答えそうになって別の答えが頭に浮かんで口をと閉じた。 「分からない?」 牧くんに言ってみる。 牧くんは「あぶり出し?」と言っていた。 面白い。というか、最近聞かない単語だと思う。 「雪景色!」 えっへんと威張りながらそういうと 「ほう?」と言ってわたしの筆箱から鉛筆を取り出してまっさらなスケッチブックにさらさらと線を描き込む。 何を描いているんだろうと思って見守ると 「これで、このスケッチブックに雪景色はなくなった。次は何になるんだ?」 といたずらっぽく笑う。 だから、わたしは牧くんの持っているわたしの鉛筆を返してもらって、『へのへのもへじ』を描いてやった。 「牧くんの似顔絵」 またしても威張りながら言うと牧くんは笑う。 「芸術は難しいな」と言いながら。 「ああ、そうそう。」 美術室を後にする牧くんがドアのところで振り返った。 「帰り。待ってるんだったら送るが、どうする?傘、持ってないんだろう?」 言い当てられて驚いた。 「ああ、でも。その時間にはもう止んでいるか」 牧くんは窓の外を眺めながら言う。確かに、もう雪の勢いは弱まっている。 けど、「ううん。待ってる。あ、バスケ部スケッチにしに行っていい?」と答えた。 わたしの言葉に牧くんは驚き、 「体育館は動いていないと、きっと寒いぞ」 と返してきた。 「じゃあ、わたしは此処に居る」 わたしの返事に牧くんは笑い、 「わかった。終わったらまた来る」 と言って今度こそ美術室を後にした。 スケッチブックを捲る。 またしても雪景色。 さっきまでは雪景色にうんざりしていたというのに、何だこの高揚感。 寒さで悴んでいる手に息を吐き掛けて鉛筆を握って、とりあえず、真面目に外の雪景色を描いてみることにした。 |
相互していただいている、『光風霽月』の月守青蓮さんへ。
桜風
07.12.2(進呈)
08.1.27(掲載)
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