ばいばい





本当だったら他人の卒業式なんて日は学校をサボる。

それが水戸洋平だ。

だが、卒業式の後にバスケ部は練習をするとか。

彼の親友である桜木花道もそれがあるために学校に来ると決めたし、何となくそれを冷やかすために彼もやってきたのだ。

いや、桜木の場合は本人は否定するだろうが兄と慕っている人物が卒業するためそれを見送りに来たのかもしれない。


ぞろぞろと体育館から人が出てくる。

ハンカチで目頭を押さえている女子生徒もおり、彼らはきっと心に残る高校生活を送ったのだろうと、何となく思った。

「そういえば、ゴリが答辞だったっけ...?」

そんな話をゴリこと、赤木剛憲の妹の晴子から聞いた気がする。彼女は自慢の兄がそんな大役を任されたことを誇らしげに語っていた。

水戸は卒業式には出ていない。学校に着いた途端に屋上へと向かった。

だったら、バスケ部が部活を始める時間を狙って体育館に顔を出しても良かったが、今日は何となく早起きをしてしまったため桜木と登校したのだ。




暫く屋上で過ごしているとどうやら最後のHRも終わったようで、正門へと人が向かっていた。

自分も屋上を降りて体育館へと向かおう。

そう思ったが、その前にもう1本。流石に体育館の付近では無理だ。教師に見つかると煩いし、バスケ部に迷惑も掛けたくない。

ポケットから四角い箱を取り出して中から1本抜き出す。

法律ではまだ禁止されている喫煙の手順を踏む。

「こら!」

不意に声を掛けられてびくりと肩を揺らした。

既にタバコに火を点けているし言い訳がきかない。

が、振り返った水戸は苦笑した。

「何だ、アンタか」

振り返った先には女子生徒が居た。

“友人”というほど親しくないが、“顔見知り”と言うにはよそよそしい。そんな間柄の子だ。

要は、屋上でのサボリ仲間というやつだ。


「こんな寒いところになんで居るの?」

「教室、好きじゃないから」

そう言って水戸は憚ることなくタバコの煙を吐いた。

彼女は苦笑する。

「堂々とまあ...」

呆れたように呟くが、彼女の表情はそうでもない。どちらかと言えば楽しんでいるようだ。

「けど、サボリ魔のキミがこんな日に学校に来てるとはね。“よーへー”君」

彼女の言葉に水戸は驚く。

「名前、言ったっけ?」

「んーん。でも、目立つ友達が居るでしょう?赤い頭の大きなバスケ部の子。ついでに、声も大きい」

笑いながらそういう彼女の言葉になるほど、と納得して頷いた。桜木が名前を呼んでいるのをどこかで聞いたのかもしれない。

彼女は近づいて水戸の咥えているタバコを取り上げて自分の口に運び、意外と慣れた感じに煙を吐いた。

今日の彼女は何か香水でもつけているのか、タバコの匂い以外の甘い香りが辺りに漂い始めた。甘い香りはあまり好きではないが、彼女には良くあう。そんな香りだ。

何の香水だろう、と少しだけ気にはなったが水戸は溜息を吐いてみせた。

「見つかったら、退学になるぞ。そうでなくても停学とかさ」

自分の吸っていたタバコを取り上げたられたことに対しての文句ではなく、彼女を少しだけ心配してみる。

「はは、どっちももう無理」

そう言って彼女は左手に持っている筒を軽く掲げた。

「アンタ、3年だったのか?」

水戸は驚く。

「そ。3年生でしたよ。本日、無事に卒業しました。少なくとも、停学、退学の心配はないのだよ」

そう言って晴れやかに彼女は笑う。

「2年だと思ってた」

水戸が呟くと「ふふふ」と悪戯が成功した子供のように彼女は笑った。

制服を着ていたら一見しただけでは学年は分からない。学年章のようなものがあれば別なのだが、残念ながら水戸の通うこの学校にはそういうものはなかった。

「...アンタだけ名前知ってるのって不公平じゃないか?」

水戸が言うと彼女はニッと笑って「」と簡潔に答えた。

彼女の口にした名前が本当か、それとも適当に答えたそれかはわからない。

だが、

、ね」

と水戸は繰り返した。

「あら、年上には敬称を付けなさい」

「はいはい。さん」

わざと“さん”を強調して言いなおした。

彼女は楽しそうに笑う。

そして、彼女の口に咥えていたタバコも短くなった。

彼女は「灰皿は?」と水戸に問い、彼は携帯灰皿を取り出して渡す。

「ちゃんとマナーが出来てるじゃん」

「一応、最低限だからな」

水戸の言葉に彼女は笑って「偉い偉い」と呟く。

子ども扱いされたようで、水戸は眉を顰めた。

彼女の手から灰皿を受け取る。

手入れされている爪がキラキラと輝いていた。そういえば、彼女をじっくり見ることは無かった。

別に視線を向けずに声を掛ければ返事があったし、まだあと1年サボリ仲間として屋上で顔を合わせると思っていた。

「でもさ。今日、よーへー君が来てて良かった。楽しかったよ、1年もなかったけど一緒にサボれてさ。ありがと」

変な挨拶。

そう思いながらも咄嗟に言葉は出ず、水戸はそっぽを向いて溜息を吐いた。

「まあ、俺も楽しかった。って言っておくよ、さん」

「可愛くないな」と笑いながら彼女は水戸に背を向ける。

彼女は屋上の入り口のドアを開けて笑顔で振り返る。

「ばいばい」

もう二度と会うことはないだろう。

彼女がどこに住んでいてこの4月からどこでどんな生活をするのか、水戸は聞いていないし、彼女も話さなかった。



「ばいばい、か...」

先ほど彼女に奪われたため、まだ自分は満足いくほどタバコを吸っていない。

だからもう1本火をつけて煙を吐き出し、すぐにそれを消した。

まだ周囲には微かだが彼女の香水の甘い香りが漂っている。

もう少しだけ、タバコを吸うのは辞めて屋上から正門を見下ろすことにした。

さっきまで屋上で話をしていた彼女は正門へと向かっていた。

彼女は振り返って卒業証書が入った筒を水戸の居る屋上に向けて軽く掲げ、何事もなかったかのように正門をくぐり、卒業していった。

「少しくらい、寂しがってくれてもいいんじゃねぇの?」

水戸は呟き、小さく笑った。




ふと浮かんだ水戸の“卒業”です。
恋愛とかそういうのなくて、友情以上愛情未満といった感じでしょうか。
きっとこれくらいの距離が丁度良い。


桜風
08.2.15(執筆)
08.3.30(掲載)


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