あの空の向こう





楓は毎朝自転車でバスケのゴールのある公園まで行って練習をしてる。楓の朝の日課。

私もそれに時々ついて行っていた。


楓がシュートフォームに入ったとき、

「ねえ、楓。私今度引っ越すんだ」

ずっと言わなければならないことを口にした。

楓が放ったボールはリングにぶつかり、地面を跳ねながら戻ってくる。

「今、何てった?」

「引っ越すの」

ボールを拾って楓が顔を上げる。

「何処に」

「アメリカ」

眉間に皺が寄る。何だか、怒ってるみたい...

「いつ」

「来月の頭」

「もう1ヶ月もねえじゃねぇか」

益々不機嫌な顔になる。

「うん。あとちょっと」

楓は構えてボールを放つ。

今度は綺麗に赤いリングの中にストンと収まった。

時計を見るともう時間だ。

楓もそれに気付いたらしく、タオルで汗を拭きながらボールを仕舞っている。

「何でもっと早く言わねぇんだ」

やっぱり不機嫌な声と顔で呟く。

私が答えないでいると

「昨日決まったわけじゃねぇんだろ?」

と顔を向ける。

「うん。結構前に決まってたよ」

「じゃあ、何で...」

「だって、寂しくなるじゃん」

そういうと楓は「どあほう」と呟いた。


楓に引っ越す話をした日、お母さんは楓のお母さんに話をした。

ずっと黙っていてくれてた。

私が、楓に一番に知ってほしいからってお願いして言わないでもらっていた。けど、ご近所への挨拶とかあるからいい加減に楓に言いなさいとお母さんに怒られた。

だから、今朝楓の練習について行って話したんだけど...

学校から帰って自分の部屋に戻って鞄を置く。

部屋着に着替えてベッドにダイブした。やっぱり楓に引越しの話をしてから寂しさでいっぱいになっていた。


少ししてノックの音がした。

「はい?」

返事をするとのっそりと湘北の制服を着た楓が入ってきた。

「うお!?」

驚いてベッドから飛び起きる。ついでに目に溜まった涙もこっそり拭いた。

「よお」

「ど、どうしたの!?」

「おばさんが。は部屋にいるからって上がらせてくれた」

そう言って所在が無さそうに立ってるから「座れば」と今自分が座ってるベッドの隣をポンポンと叩いた。

楓は大人しく私の叩いたところに座って

「今度の日曜」

とぽつりと言う。

「ん?」

「今度の日曜、練習試合がある。見に来いよ」

そんなことを言われた。

「どこで?」

「湘北」

「わかった。高校に入って楓の試合を見るのって初めてだよね」

そう言って見上げると「おう」と言って少し笑った。

「楓、カッコイイとこ見せてよ」

「おう」

やっぱり短くそう答えて、自信満々に微笑んだ。


約束の日。

電車を乗り継いで湘北へと向かった。

学校に着いて、ちょっと迷った末に何とか体育館も発見できた。

何だか派手な格好をした集団が楓の名前の入った旗を振っていたりしている。

何、アレ...

ギャラリーは体育館の2階に上がらないといけないようでそこへ向かう途中



と声を掛けられた。

振り返ればTシャツにジャージの楓が居た。

「ちゃんと見てろよ」

「了解!」

敬礼をして2階へと向かった。


周りの話し声で初めて知ったけど、楓は湘北のエースらしい。

1年生なのに凄いなーって思いながら見ていると、やはりエースの看板に偽りはなく、「本当に凄い」の一言に尽きるプレイの連続だった。

試合は湘北の圧勝で終わる。

涙を流しながら楓のプレイに感動していた女の子たちもその感動に浸りながら帰っていった。

私も帰ろうとしたら

、待ってろ。2ケツしてやるから」

と指を差して楓が言ってきた。

「助かる〜。何処で待ってたらいい?」

そう話をして結局自転車置き場へと向かった。


楓の用事が済んで自転車置き場にやってきた。

楓の自転車の後ろに立つ。

「こんな道通って学校に行ってるんだね」

初めて見る風景が何だ楽しい。

「おう」

「楓って凄かったんだね」

今日の試合を思い出した。

「忘れんな」

ポツリと楓が言う。

「ん?」

「忘れんなよ、今日の試合」

「...うん」

「アメリカなんてすぐそこだ」

「うん」

「俺もそんな遠くないうちに行くから、アメリカ」

「そうなの?!」

「そうだよ。だから、泣くな」

あの日、部屋で私が泣いていたのに楓は気がついてたんだ。だから、楓は私を試合に誘ったんだ...

「ありがとう」

「おう」

優しく答える楓の声に、また泣きそうになって空を見上げた。

アメリカの空もこんななのかな?

楓の肩から手に伝わる体温が凄く温かく感じられた。













桜風
07.4.23


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