高2の夏の終わりに昼休憩の屋上で殆ど寝ている表情の楓と話をしていた。

その前日、偶々中学のときのクラスメイトに会ったのだ。

その報告をしていると懐かしくなって中学の卒業式のときを思い出した。

だから、何となく言ってみた。「高校のボタンもちょうだいね」と。

一瞬、動揺したように彼の瞳が揺れた。

けれど、それはわたしの思い過ごしだったようで「いいけど...」といつものように言葉少なに返事があった。





約束





楓とは中学の頃からの付き合いだ。

中学の卒業のときに彼の制服のボタン、所謂“第二ボタン”というものをもらった。

物凄く競争率が高く、水面下で..というか楓の与り知らぬところで堂々と熾烈な争いを繰り広げていたボタン争奪戦だったが、

「やる」

と楓がそれをわたしに投げてきて、事態は収束した。

それなりに納得いかないと悲鳴を上げた人たちはいたけど、卒業式の日だったからもう会うこともなかったしわたしは平和に過ごすことが出来ていた。

その後、何か言葉があったわけでもなく。

何となく当たり前のようにわたしは楓と一緒に居ることが多かった。

だから、高校を卒業するときにもまたもらえるものだと思っていた。



「え...何?」

信じられないことに、それをわたしが耳にしたのは楓の口から話してもらった言葉ではなく、学校内の噂話を聞いてきた友人から聞いたのだ。

「ごめん、も1回...何?」

「だから。流川君、学校辞めてアメリカに留学するんでしょ。バスケの」

「...アメリカって新幹線で何時間?」

「いや、そんなの通ってないから...って、知らなかったの?、付き合ってるんじゃないの、流川君と」

それに返せる言葉はなく、わたしは教室を後にした。

絶対に行きたくないと思っているのに、わたしの足が勝手に向かった先は屋上だった。

屋上のドアを開けると、暑くないのか、ごろりと巨大な黒猫が寝転んでいた。

声を掛けようかと迷っているとその黒猫はむっくりと起き上がる。

いつもは蹴っても起きないのに。

ゆっくりとこちらに顔を向けた彼は少しだけ目を見開いて驚いたという表情を浮かべた。

「ホント?」

何が、という主語を省いて聞いた。

彼は数秒黙り込んで

「本当だ。早くに言わねぇと、とは思ってたけど...ずっと言えなかった」

ぽつりと口にしたその言い方が、物凄く現実味を持たせた。

ああ、行ってしまうんだな、と。



それからわたしは楓と一緒に歩くこともなく、特に話をすることもなく何でもない高校生活を送っていた。



楓が出発する日は、友人に引っ張られて空港に向かっていた。

もうわたしには関係の無いことだし、そんなに気を遣ってもらわなくても良いのに...

そう思いながら到着した空港のロビーにはたくさん楓を見送る人たちが居た。

バスケ部のチームメイトや監督さん。去年卒業した先輩やバスケ関係だろうけど背の高い知らない人。

みんな楓を笑顔で送り出そうとしている。

わたしは、居なくなる楓の姿も見たくなくて、俯いたまま離れたところのベンチに座っていた。

落とした視線の先に大きな足がやってくる。



頭の上で声がした。

わたしはいっそう俯く。

大きな手が、わたしの頭に載せられた。

「約束、忘れねぇから」

いつもどおり、呟くように彼は言ってその足が遠ざかる。

「頑張って」も「ばいばい」も何もいえないまま、わたしはただ一人でいじけて気持ちよく楓を送ってあげることができなかった。




それから、1年半。

意外と時間はあっという間に過ぎていき、憧れていた高校の卒業式の日を迎えた。

友達と遊びに出る約束をして一旦家に荷物を置きに帰る。

郵便受けを覗くと1通のエアメールが届いていた。


あれからわたしは一切楓と連絡を取っていない。

電話も、手紙も。

自分で思うに、あのお別れの仕方がまずかったんだと思う。何か声を出していたら、またわたしの中で何かが違っていたのかもしれない。

だから、そんな中でエアメールを受け取るとは思っておらず、差出人の名前を見てもまだ信じられなかった。


部屋に戻って荷物を置いて、深呼吸を1回してから封を開けるとコロリと何かが出てきた。

それは、湘北の学ランのボタン。

封筒の中には手紙、というか紙切れも入っていて相変わらずの汚い字でただ一言“約束”と書いてあった。

その約束が何か、わたしもちゃんと覚えている。

ただ何となく当たり前に続く生活の中で迎えるはずだった卒業式。

そうと疑わずにした約束を、楓は守ってくれた。あの空港で口にした言葉に嘘はなかった。

「がんばって」と言えなかったことが今、物凄く悔しい。


「...新幹線が通ってないから、飛行機か」

言えなかった言葉を言いに行ってみるのも良いかもしれない。

このボタンのお返しに、わたしは楓の頭にリボンを結んでやろう。


玄関でドアの開く音がした。

「お母さん!」

帰ってきた母に声を掛ける。

とりあえず、パスポートの取り方を習得するところから始めるから、ちょっと時間はかかるかもしれないけど...




『卒業』という誰しも必ず経験するイベント。
それを題材に書かせていただいてとても楽しかったです。
彼のセリフが本当に少なくても。ええ、楽しかったです!!
ありがとうございました!!


桜風
08.1.27(執筆)
08.3.30(掲載)


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