約50センチの距離 8





 強豪バスケ部は、かなり人気があるらしい。

それを聞いたのは先日友人からだった。

元々『人気のあるバスケ部』というものには慣れている。

あの、藤真の女子生徒からの人気は、いまだに翔陽高校七不思議の一つにエントリーすべきだと思っているくらいだ。

「そういえば、花形くんはいい人だったのにねぇ」

しかし、卒業式前日に高野たちが心残りにしていたことを思い出すと、やはり一概には言えないことかもしれない。


そして、先日レギュラーを獲ったらしい花形の人気が急上昇だとか。

「ふーん...」

ふーん、と思ってみたが、何とも落ち着かない。

自転車も復活していることだし、バイトの時間まで少し余裕があったから、バスケ部体育館に足を向けてみた。

久々に聞く黄色い声。

(大学生ってもっと大人で、落ち着いたものだと思っていた...)

そう思って、はたと気づく。

自分だって大学生で、高校生だった時とどれだけ変わっているかと聞かれたら、成長した点が思いつかない。

そう言うものなのだろう。

そして、やはり人垣があるために、体育館の中を覗くことはできない。

仕方ない、とため息をついて、そして、耳に入った高い声に足を止める。

「透君」と誰か言っているのだ。

はゆっくりと振り返る。

非常に面白くない。

(なーにが、「透君」だ!)

心の中で毒づいて駐輪場に向かった。


イライラしている自分に余計イライラしているは、それでもそういう感情を押し殺してバイトに精を出した。

働いている間はきっとそういう雑念を振り払えると思った。

なのに...

「いらっしゃいませー」

何処か脱力した声を発してしまったのは仕方のないことだ。

店に入ってきたのは、花形だった。

「お席にご案内します」

そう言って禁煙席に案内した。

あの日以来、時々花形は部活後にこの店にやってくる。

自転車復活後は、送ってもらうことはないが、なんとなく駅までは一緒に帰っていた。

は、その行為を疑問に思っていなかった。

花形がの隣を歩くことが凄く自然に思えていた。この身長差で、だ。


今日も何を言うでもなく、バイトを上がる時間に花形は駐輪場の前に立っていた。

「花形くんって、身長いくつだったっけ?」

自転車を押しながらが問う。

「何だよ、突然だな。えーと、197かな?もうさすがに伸びそうもないよ」

苦笑して彼が言う。

約50センチ。50センチの距離があるのだ。

50センチと言えば、1メートルの半分。結構な距離だと思う。

?」

「どうやってキスすんの」

「...?」

ポツリと呟いた彼女の声が耳に入り、花形は困惑しつつ彼女の名を呼ぶ。

「え、なに?」

「や。...キス?」

聞いてみた。

すると彼女は顔を真っ赤にして

「や、ほら。あの..花形くんって背が高いでしょ。女の子とキスするの、大変そうねって。中には私みたいなちょっとサイズ小さ目なのがいるんだし。うん。ごめん、変なこと言ったね。あはははー」

と動揺しつつも言い訳をする。

「...大変じゃないよ」

頭上からの花形の声があまりに真剣では顔を向けた。

「ほらな」

触れた唇の感触に思考が固まる。

支えていた自転車が手から離れて倒れかかった。

花形がそれを支え、スタンドで固定する。

。俺が前に言ったこと、覚えてるか?」

「え、前って...」

がストーカー被害に遭ってるときのことだよ。迷惑をかけられるところに立たせてくれって。心配をさせてくれって」

花形の言葉に、はぎこちなく頷いた。

「あれ、告白のつもりだったんだ。回りくどいからわかんなかったかもしれないけど」

「え、あの...」

「だから、もう1回言うな。俺はが好きだ」

まっすぐ目を見られて、逸らせなかった。

「私、ちっちゃいよ」

「その分努力家だろ?」

「えと...」

「首を縦に振るか、横に振るか。それだけでいいよ」

苦笑して花形が言う。

ゆっくりとが頷いた。

それを見て花形はほっと息を吐く。

「でも、あのね。ほんとに、ちっちゃいんだよ。私と花形くんの身長差、知ってる?だいたい、50センチなんだよ」

おずおずと見上げて言う。自分で何度もちっちゃいというのが多少傷つくが、それでも事実だ。

「問題ないだろう」

そう言ってまた花形が唇をふさいだ。

「キスはできる」

真っ赤になって俯くの頭を花形はぽんぽんと優しく叩く。

「さ、帰ろう」

「うん」

「花形くん」

「ん?」

「最近、おモテになると聞きました」

の言葉に苦笑した。

「確かに、声をかけられるようにはなったかな」

「ほんと?!」

「それなりに、な」

肩を竦めていう花形に「知らなかった」とは呆然と呟く。

「ま、高校の時は藤真が喜んで一手に引き受けてくれていたからな」

「あー、藤真くんってそんな感じだよね」

の感想に苦笑した花形は彼女の自転車を押し始める。

「腰が痛くなるよ」

「いいよ。こうしたいから」

そう言っての手を取った。

は、片手で自転車押せないだろう」

「うん、ありがと」

「どういたしまして」

街灯に照らされた影の長さの差は約50センチ。ただ、それは何の問題にもならない距離なのだ。

少なくともこの2人の間では。









桜風
13.9.4


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