日直 ―前編ー






ぽふん、ぽふんと白い煙が黒板から上がる。

日直当番で板書を消すべく跳ねているのが学校一背が小さい

ああ、またか...とクラスメイトも見慣れた光景に目を遣り、そしてそれぞれ視線を戻す。

「貸してみろ、

そんなクラスの中でただひとり、カエルみたいに跳ねて手の届かないところを消そうとしている彼女に声を掛けたのは学校一の長身を誇る同じクラスの男子生徒、花形透。

「ん?」

振り返って見上げた先の顔はあまり見えない。とても遠いのだ。

黒板消しをの手から抜き取り、その手が届かない箇所の板書を消してやる。それはつまり、黒板の面積の殆どだ。

「ありがとう、花形くん」

「ああ。言ってくれればまた手伝うから」

そう言って黒板消しを戻して自分の席へと戻り、次の授業の準備を始める。


の口癖は「憧れの150センチ」である。つまり、まだその高さまで到達していない。

『まだ』というのは本人の意見で、友人家族を含めて周囲は『もう背は伸びない』というのが一致した意見だ。

そんな感じで背の低いは一番前の席以外に座った事はなく、花形は逆に後ろの席を強制されている。

も自分の席について体を捻り、花形を見る。

おっきいなー...

10センチくらいもらえないだろうか?

そしたら余裕で憧れの150センチに届くのに。


昔は一生懸命背が伸びるように色々試してみた。気分が悪くなるまで牛乳を飲んでみたり、鉄棒にぶら下がってみたり。

結局その努力は報われず、今は自然と背が伸びるのを待っている。

はぁ、と溜息を吐く。

誰と歩いても自分は年下に見られてしまう。中学校に上がったばかりの弟と一緒に歩いていても自分の方が背が低いために妹と思われる。

ちょっとイヤだ。

街を歩いていても自分と同世代の女の子が着ているオシャレな感じの服だって着たいけど、体格とあまりにもアンバランスで結局カジュアルな、ボーイッシュなものしか持っていない。


気がつくと、あと1分で授業が終る。チャイムが鳴り、「じゃあ、今日はここまで」という教師の言葉を受けて号令を掛ける。

黒板を消しに立ち上がり、黒板消しを持とうとしたら大きな手がよりも先にそれを手にして白い字を消していく。

「ありがとう」

「うん。そういや、男子の方の当番は?」

「サボリみたい。朝は見たんだけどね」

がそう言うと「そうか」と花形も相槌を打ち、話が終わった。


「ねえ、花形くん」

背伸びをして一生懸命背の差を縮めようとする。

昔クラスの男子に「お前、背が低いから何言ってんのか聞こえねぇ」と言われた。

それ以来、は人と話をするときはなるべく顔が近くなるように背伸びをするようにしている。

それはごく僅かな距離だが、自分が出来る精一杯のことだ。

「なんだ?ああ、いいよ、背伸びしなくても。疲れるだろう」

花形がそう言う。言われたはきょとんとした。

「でも、聞こえにくくない?」

「大丈夫だから。で、何?」

そういわれては背伸びをやめた。

「あのね、どうやって背が伸びたのか聞こうと思って。何かコツあるの?」

そう言われて花形は一瞬瞠目して、そして苦笑いを浮かべる。

「コツは、ないな。俺の場合は遺伝だよ、たぶんね」

「羨ましいなぁ。花形くんの身長10センチでいいから欲しいなーって思うよ」

笑いながらが言う。

「んー、さすがにあげれないな。俺も一応重宝してるし。電車に乗るとジロジロ見られるけどね」

「そっか。目立つもんね。でもバスケしてるし、背は高いに越したことないのかな?」

が言うと

「それもあるけど、それだけじゃないよ」

花形は黒板消しを戻して手にかかったチョークの粉を払うべく手を叩く。

「ありがとう」

「ん」


放課後、書店に向かったは書架の前に佇んでいた。

台は別の人が使っていて使えない。というか、そもそもその台を使っても最上段は届かない。

どうしたもんかと腕組みをして、結局諦めて帰ろうと決めたとき

「どれ?」

と頭の上から声がして上を向くと見慣れた人物が見下ろしている。

「あれ?部活は?」

「今日は休養日。で、どれ?」

「あの赤い背表紙の...」と答えると「これ?」と手を掛けた花形には頷く。

「へぇ、ってこういうジャンルの本も読むんだ?」

と言いながら花形は書架から取り出した本をに渡す。

「うん。書評が良かったから読んでみようかなって。...あれ?」

先ほどの花形とのやり取りに少し既視感を覚えた。じっと花形を見上げる。

「なに?」

「うーん。ちょっとデジャヴと言うか...」

3年前にも同じようなことがあった。受験のために問題集が欲しくて、けど届かなくて。

背の高いお兄さんが取ってくれたんだ。

「頑張れよ」って私の頭に手を置いてそう言った。


背が低いは色んな人に親切にしてもらうが、何となく、今の花形には見覚えと言うか、記憶に残っているような...

不意に花形がの頭に手を置いて「頑張れよ」と言う。

そして、それは自分の覚えている感覚で。

驚いたは花形を見上げた。

「な?背が高いって重宝してるだろう?」

イタズラっぽく笑う。

「あのときの、お兄さん?」

「そう。同じ年だけどな。翔陽の問題集をあの時のが取ってくれって言ったときお兄さんかお姉さんが受けるのかと思ってたけど。自分が受けるって言うし」

やはり年下に見られていたようだ。けど、お互い様だと思った。

「私は大学生くらいのお兄さんが取ってくれたんだと思ってた」

が笑うと「よく言われてたよ」と花形が笑う。

「そっか」

「うん、そうだよ。それ、支払い済ませて来いよ。此処で待ってるから一緒に帰ろう」

花形がそう言い、は慌ててレジに向かって走って行った。













桜風
07.4.18


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