花泥棒 1





翔陽高校のある日の昼休み。

廊下から色んな音が聞こえ、そして、この保健室の中でも似たような雑音が響いている。

「でさ、3組の。彼女募集中だって」

「うそ!彼女いたじゃん!!」

「別れたって。だから、今が狙い目だよ〜。なんて1組の藤真に並ぶ美形じゃん」

何故か昼食をとり終わった女子生徒3人が保健室へやって来て井戸端会議よろしく校内の噂で盛り上がる。

この保健室の責任者、つまり保健医のはこの少女たちに気付かれないように溜息を吐いた。

正直、煩い。ああ、だから『姦しい』は女を3つ書くんだ。酷く納得した。

というか、アイツってやっぱり人気あるんだ...

「ねえ、ちゃんには彼氏いないの?」

ひとりが聞く。他の2人もそれに興味を示している。

「居ないし要らない。そんな面倒くさいものなんて」

一言そう言う。


今年短大を卒業して赴任してまだ5ヶ月のだが、既に『クール』という言葉が彼女の代名詞だと言われている。密かに氷の女王と呼ぶ人もいる。

いつも必要以上に話さないは、物静かだが頭の回転が速く、一言発するそれは大抵正鵠を射ており、口論となった場合相手は黙らざるを得ないと専らの評判だ。

大声を上げて笑う姿を見たものはなく、笑うときは静かに微笑を浮かべるだけ。

彼女自身、周囲のそういう評価は案外気に入っている。

お陰で必要以上に話す必要が無いし、何かあっても微笑を浮かべてさえいれば良い。

とても楽だ。

そして、そんな歳の近い彼女に憧れを抱く生徒も少なくない。

物静かで立ち居振る舞いに気品が漂い、それでいて容姿端麗。高嶺の花に憧れるのは今も昔も変わらないもので。

彼女を慕っている女子生徒が保健室に出入りすることも良く見かける光景だ。

男子は、その高嶺の花に近づくことに腰が引けているのか、余程のことがない限り保健室には近づかない。


―――ただ一人を除いて。


「それはそうと。あなたたち、静かになさい。ベッドで寝ている人が居るのよ」

にそう言われて女子生徒たちは肩を竦ませて顔を見合わせる。

「すみません...」

「今日はもうお開きになさい。そろそろ予鈴が鳴る時間よ」

腕時計に目を落としたにそう促された女子生徒たちは言われたとおりに保健室を後にした。


彼女たちが出て行ったのを確認して5秒数えては溜息を吐く。疲れた...

ベッドを隔離するために引かれているカーテンの向こうから忍び笑いが漏れてくる。

「キミもとっとと教室にお帰りになられたら如何かしら?」

そう声を掛けられてカーテンを開ける。

「ウソツキ」

楽しそうに笑いながらそう言った男子生徒の藤真健司は靴を履く。伸びをしながらの前までやって来てもう一度「ウソツキだな、は」と言って笑った。

のいつものクールで整った顔が苦々しげに歪む。

「教室に戻りなさい。昼休みは終わるわ」

の言葉を笑いながら聞いていた彼は全くその言葉を聞こうと思わない。

「彼氏がいない?面倒くさい??婚約者はいるのにな」

腰を折って顔を近づけて彼がそう言う。

「親が勝手に決めたものでしょ。私は認めてないわ」

「でも、にそれ以外の選択肢なんてないだろう?」

勝ち誇ったように彼が言う。

は鼻を鳴らす。

「さあ?人生はどんな方向にすっ転ぶか分からないわよ。いいから、とっとと教室にお戻りなさい」

「健司って呼んだらね。愛しい婚約者の名前くらい覚えてるんだろ?」

「愛しくないタダのクソガキを態々名前で呼ぶ必要は無いと思いますわ。それと、私のことは呼び捨てにしないでいただけるかしら?虫唾が走りますもので」

慇懃無礼な言葉遣いをしても、何処吹く風。藤真の表情は全く変わらず、楽しそうだ。

話しても埒が明かないと思ったは藤真を放っておいて椅子に座り、机の上の書類にボールペンを走らせる。

「学校に、ばらしてみようか?学校中の人間が俺とが婚約者だって知るんだよ。楽しそうじゃない?」

の座る椅子の背凭れに手を付き、耳元でそう囁く。

の反応を楽しむかのように。

ゆっくり振り返った至近距離に藤真の唇があった。

オキシドールでも塗ってやろうか...

静かにその至近距離で睨んでいると藤真は離れて肩を竦める。

「冗談だけどね。俺だってもっと遊びたいし」

「じゃあ、婚約の解消とかまでやってくれないかしら?こちらから言えなくても貴方様からなら言えるんじゃなくて?」

藤真はの言葉を鼻で笑い、

「ヤだ。は一生、俺のものだよ」

そう言って保健室を出て行った。

藤真の背中を見送って5秒数えた後には机に突っ伏した。

泣いてしまいたい。

ギシッと音をさせて椅子の背に体重をかけて天井を見上げる。

薄く開いた口から、はぁ、と微かに溜息が漏れた。










桜風
09.6.10


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