| 今まで大概欲しいものは手に入れてきた。 何不自由することなく、自分の望みが叶っていた。 だが、ひとつだけ欲しても中々手に入らないものを見つけた。 高嶺の花と言うものだ。柔らかく微笑む彼女はそこに花が咲いたかと思うくらいに気高く、美しい。 彼女を一目見たときから心を奪われた。 そんなに大きくないが父親が会社を経営しているため、一応社長令嬢ということになる。父親の顔が広いからこういう場にも本当に希だが現れるのだと聞いた。 結局、声を掛けることが出来ないままに彼女はいつの間にか会場から姿を消していた。 また会えるだろうか。 後で親に聞いた。彼女の名前は『』と言うらしい。 凛とした彼女に良く合う名前だ。 だが、藤真が次に彼女の名前を聞いたのはそれから数年後で、良くない知らせによるものだった。 何の気なしに食事中に親が話した。 の会社が危ない、と。 の会社という事はの家の話というコトで。藤真は親に詳しくその話を聞いた。 元々の父は人の良い性格で、正直社長に向かないらしい。 だから、今回はそれが原因となったと言う。 「何とかならないんですか?」 藤真の言葉に父は瞠目し、母も驚いた。 結局、買収の話が持ち上がる前に藤真の家がの家を買い取った。 しかし、そんな自分に利の無いことをすれば周囲に舐められる。 そのことから、こちらに利があるように見せかけるために、前以て親同士が子供を婚約させていた。 会社が傾き始めているとは言え、そこそこの利益があるうちになら婚約してもおかしくないし、何よりに経営に手を貸す口実には悪くない。 そして、がその事実を知らされたのは藤真が買収の発表をする1週間前だった。 父に言われて、父の知り合いと食事をすることになった。 ドレスコードのあるレストランで面倒くさいなーと思ったが、父の顔を立てておかないと。それでなくても人が良いのだから、いつか会社が大変な目に遭うかもしれない。 そう思って大人しく両親と共にその場所へと向かった。 こちらが先に着いたらしい。 両親は落ち着かない様子でその相手を待った。 何も聞かされていないはひとりのんびりと相手を待っていた。 約束の時間になってその相手がやってきた。 『藤真』と名乗られてどこかで聞いたことのある名前だな、と思いつつ会話を交わす。 そして、まだもうひとり、藤真夫妻の子供が遅れてやってくると言って待っていた。 遅れてきたその男の子は綺麗な顔立ちで、髪の色素も少し薄い。人工的なものではなく、自然のそれはとても優しげな印象を受けた。 彼はを見て微笑む。もそれに応えて微笑を浮かべた。 が穏やかに過ごすことが出来たのは、それまでだった。 「え、あの...?ごめんなさい、もう一度、お聞きしても宜しいですか?」 の言葉に深く頷いた藤真の父はもう一度先ほどと同じ言葉を繰り返した。 「息子の健司と、さんの婚約が決まりました。これからは、我が家で生活をしてください。明日、家の者が迎えに参ります」 全く同じだった。自分が聞いた言葉一言一句違わずに。 隣に座る父を見上げると心底申し訳無さそうに項垂れている。母も同じ表情だ。 冗談ではないらしい。目の前の藤真という一家の笑顔が非常に胡散臭く感じられてくる。 もう一度両親を見た。とても、情けない気分になった。 恐らく、これは受けるしかないものなのだろう。そうでなければ、父の会社は消えてなくなり、その従業員は路頭に迷う。 は諦めたように瞼を閉じた。 「あの。ひとつお聞きしても宜しいですか?」 搾り出すようにが声を出す。 「何でしょう?」 「私、この春から養護教諭として就職が決まっているのですが。それはお断りしなければならないということでしょうか?」 の言葉に藤真の父は深く頷く。 「いいえ。どの道、健司もまだ学生ですし。今すぐどうこうってことにはなりません。どうぞ、そのままの進路で構いませんよ。ただし、いつ辞めていただく事になるかは分かりません。その覚悟をお持ちいただきたいと私はお願いしたいですね」 静かな表情で聞いていたは藤真の父に向かって「ありがとうございます」と頭を下げた。 酷く屈辱的だった。 何不自由なく暮らしていたという生活には程遠かった。 それでも、自分が納得して選択した結果だった。 だが、今回の婚約というのは、全く自分の納得できていないものでそれが決まる前に話してくれていたら少しは印象が変わっていたのではないかと思う。 藤真一家と初めて顔を合わせた食事会からの帰りの車の中で、は一言も言葉を口にしなかった。 帰宅して父から詳しい事情を聞く。 ギリッと奥歯を噛み締めた。 ある意味、人身売買ではないか? 藤真の父はの父に話してしまったのだ。自分の息子がに憧れている、と。だったら、婚約をさせましょうと父が言ったらしい。 つまり、娘を差し出すから会社を助けてくれと言ったのだ。 「これは、のためでもあるんだ」 父の言葉が薄っぺらく感じる。 は無言で立ち上がった。 「...?」 不安そうに見上げる両親に「今日はもう疲れたから寝るわ」と一言言って部屋を出た。 自室に戻ってベッドに体を沈める。 泣きたい。 両親のやった事。それに乗った藤真。そして、この原因を作った藤真健司。何もかもが敵に思えてくる。 瞳に湛えた涙が零れ落ちないうちにはそれを乱暴に拭った。 全てが敵なら、それに勝てばいい。誰が味方で敵か分からない状況よりもずっと分かりやすくていい。 目の前の鏡に映る自分に向かって不敵に笑う。 「やってやろうじゃん」 低く、小さくそう呟いた。 |
桜風
09.6.24
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