花泥棒 4





藤真の家に住むようになってから、ひと月経つがは完璧な令嬢を演じ続けた。

誰にも隙を見せず、そして自分を守るのは自分だけ。

酷く消耗する日々だ。

そんなを見ていて藤真も心が痛む。

と自分の婚約には最初驚いたが、やっと手に入れたと喜んだ。

届かないはずだった高嶺の花を手にしたと、単純にそう思った。

だが、彼女はあの日から益々遠ざかっている。

手にする事が出来たそれは、幻のようだった。


彼女はあれから笑わない。

愛想笑いのように相手を油断させる笑顔を作るが、心からは笑わない。

藤真は瞑目する。こんなはずじゃなかった。

そして、藤真も頑なになる。彼女を本当に手に入れるために。


「何してんだ?」

挙動不審に家の中をキョロキョロとしているに出くわした。

まさか、こんな所で逢うことがあるとは思わなかったため、少しだけ藤真は驚いていたが、幼少から身に着けたポーカーフェイスによりそれを表に出すことなく冷たく聞く。

「無駄に広いお屋敷なので」

微笑を浮かべてはそう言った。つまりは、迷った、と?

藤真は大仰に溜息を吐いた。

「何処行きたいの?自分の部屋?なら、こっち」

そう言っての部屋を目指した。迷っていたから送ってあげている。

そういうつもりで藤真は歩いていたのだが、後ろを振り返って驚く。済まなそうにするでも、恥ずかしそうにするでもなく。は堂々と背筋を伸ばして歩いている。

迷ったなんてこと微塵も感じさせない威風堂々としたその姿に藤真は少し唖然とした。

あれだけ堂々としていたら、迷ったが藤真に道案内されているなんて誰も思わない。寧ろ、婚約者と一緒に家の中を歩いているだけ。

それ以外の何にも見えない。

大した度胸だよ...

藤真にとっての高嶺の花は、やはり気高くていらっしゃる。

「ここの廊下を突き当たって右に行けば分かると思うから」

そう案内して藤真は踵を返す。

「ありがとう」

か細く、ともすれば聞き流してしまうような声が耳に届いた。

藤真が振り返るとは既に歩き出していた。

藤真は肩を竦ませて足を進めた。

あまり感情の篭っていない「ありがとう」だったが、彼女がこの家にやってきて自分に向かって口にした好意的な言葉はそれが初めてだった。



が学校に赴任してすぐに驚いた事があった。

翔陽高校にはあの藤真健司が居る。

この学校はバスケ部が有名だという事は就職する前に調べて知っている。

そして、1年からレギュラーを取ったのは藤真が史上初だと聞いて驚いた。しかもエースだとか...

更に、優しげな笑顔で楽しそうに同世代の友達と話をしているのだ。

砂を吐くとはこんな感覚なのだろうか?

実に気持ち悪い。いや、気味悪い。

家の中であんなに意地悪そうに笑っているのに、何だその笑顔は。

自分に婚約を告げた時のその父親そっくりな笑い方だ。

ああ、だから胡散臭く感じるのか。

何となく納得した。


そして、その日のうちに藤真が保健室にやって来た。

「どうしたの?」

と聞けば

「顔を見に来てあげたんだよ、この婚約者様が」

と言う。

「あっそ」と返事をして机の上を片付ける。

「つれないな」

「用がないなら出て行ってくださらないから?分からない?邪魔なの」

冷たくそう言われてピクリと藤真の眉間に皺が寄る。

「まさか、同じ学校とはね」

の言葉にもめげずに藤真はそのまま居座るつもりらしい。ベッドに腰を掛けるとギシッとスプリングの音が鳴った。

これ見よがしに溜息を吐いて、は藤真の言葉を黙殺する。

はそんなに俺と一緒にいたかったのか?」

「就職はアナタ様と出会う前でしたので。寧ろ、転校してくださいませんか?そうしたら私の平穏な時間が増えますから」

藤真に背を向けたままがそう言う。

「つれないな」

同じ言葉を繰り返した。

「無駄な抵抗じゃない?諦めたほうが楽になるよ」

その言葉に初めては手を止めて振り返る。

冷たい視線が藤真に突き刺さる。

は何も言わずに再び視線を戻して身辺整理を再開した。


そんなの背中を見ながら藤真は泣きそうになる。何故こんなにも近くに居て、それでいてこれ以上にないくらい遠いのだろう?

すっくと立ち上がった藤真は「お邪魔しました」と言って保健室のドアに手を掛けた。

藤真の声が震えているようで驚いて振り返ったが見たのは、閉まっていくドアとそれに反比例して見えなくなる藤真の背中だった。

喉まで何か言葉が出掛かった。

何を言おうとしたのか分からない。が、何だか後味の悪い空気が保健室の中を漂っていた。










桜風
09.7.1


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