花泥棒 6





藤真がひとりホテルに戻ると一緒に行動していた友人たちが心配してきた。

いつもの余所行きの笑顔を浮かべて謝罪をする。

「ったく、心配したんだぜ」

「悪かったって」

「携帯にも出ないし」

「ごめん、気付かなかった」

本当は気付いていた。何も言わずに皆とはぐれたのだから心配するのも分かってた。

けど、を見つけて思わず走り出していた。

時間が合わなければ、とホテル以外で会うことは出来ないのだから。だから、見つけたとき嬉しかった。何処に行くのだろうとついて行けば、さっきまで自分たちが居た場所だった。

周囲に学校関係者が居ないことを確認して



と名前を呼んだ。

彼女は澄ました顔で振り返り、そしてうんざりとした表情になった。

いい加減「慣れた」と言っても過言ではないが、それでも多少は傷つく。

彼女は追い払おうと色々言ってきたが、藤真はそれを全て否定し、結局諦めた彼女と一緒に行動した。

とても寂れた土地に着く。

楽しくなさそうにしていた彼女が少しでも楽しめれば、と思って強引に誘った。

けど、そんな彼女から返ってきた言葉は

「キミと一緒ってことで既に楽しめない」

だった。

酷く抉られた。

「そうかよ」

居た堪れなくなってその場を去った。

何処にも行く気にならなくて、ホテルに戻った。


集合時間になって教師も生徒も戻ってきた。

が、夕飯の時刻になって大広間に集まった中、藤真は違和感を覚える。

が居ない。

先生と連絡は取れたか?」

「いいや、まだらしい。何かあったのか?」

「警察に連絡を...」

「いや。もう少し様子を見よう」

側を通る教師たちの会話が聞こえて反射的に藤真は走り出した。


どさくさにまぎれて見回りコースと聞いていた。

逆から辿っていって、先ほどと別れた場所に着いた。

ここはそう長く居る予定ではなかった。

そう思って戻ろうとしたところで目に入ったものがあり、足が止まる。

今日、が履いていたサンダルといつも持っているお気に入りのバッグ。

!」

大きな声で彼女の名前を呼ぶと崖の下の方から音がした。木の枝で下が見えにくい。

よっと、そんな落差の無いところに飛び降りると予想通りにが居て、蹲っている。

、大丈夫か?」

藤真が顔を覗き込むとバツが悪そうにが顔を背ける。

「足、挫いたのか?」

足首を押さえているの手を見て聞いてみる。

返事は無いが、恐らくそうなのだろう。

の背中の向こうに緩やかな坂がある。あそこを通れば上に戻れる。

「ほら、乗れよ。負ぶってやるから」

と背を向ける。だが、は俯いたまま動こうとしない。

「あのさ。今、意地を張っても仕方ないだろう?それとも、此処にずっと居るつもりか?」

呆れながら藤真がそう言うが

「アンタに、借りを作りたくない」

が呟き、いい加減藤真も切れる。

「いい加減にしろよ!ガキみたいなことを言って。今、自分がどういう状況か分かんねぇのか?!お前さ、警察沙汰になりかけてんだぞ。連絡取れないって。いい加減、子供みたいに拗ねるのはやめろよ」

「もう知るか」と吐き捨てて藤真は独り、その場を去っていった。


は俯いていた顔を上げる。

涙が零れそうだった。だから、天を仰いでそれを我慢しようとした。

「泣けば?」

帰ったはずの藤真が不意に真上から自分を覗き込む。

お陰で涙が引っ込んだ。

「行ったんじゃ...」

「まあ、すげぇムカついたけど。俺ってオトナだから」

肩を竦めてそう言う。

「高校生のクセに?」

「その高校生の俺に駄々をこねている社会人のは何だろうな?」

そう言ってしゃがみ込んで

「お姫様抱っことおんぶ。選べよ」

満面の笑みで藤真が問う。

どちらもいやだと思い、答えずにいると

「じゃあ、お姫様抱っこな」

と言って藤真の腕が自分の膝の裏に差し込まれてしまい、慌てて

「おんぶでお願いします!」

と叫んだ。

「あっそ。初めからそう言えよな。てか、先に連絡入れとけ」

そう言って上から取ってきたのバッグを渡した。

言われたとおりに学年主任に連絡を入れてこっぴどく叱られる。そして、今度は藤真が行方不明だと聞かされて呆れた。

「誰にも言わずに出てきたの?」

電話口を押さえて聞くと

「そういえば、そうだな...」

とぼんやりとそう言う。は溜息を吐いて今の状況の説明をした。


「携帯、持ってきてなかったの?」

藤真におぶられてホテルへ向かう途中にが聞く。

「メシの時間だったし、必要ないと思って持ってなかったんだよ。そしたら、が行方不明とかって話してるハゲがいたから。思わず飛び出した」

「そっか」とは呟いた。

『すっごく敵』から『敵』くらいにまではランクを下げてもいいかなとちょっとだけ思った。


ホテルに帰るとと藤真は仲良く学年主任に説教を食らった。

一応、2人の食事は取り置いてあり、急いで食事を済ませる。

エレベーターで自室に戻る際、が藤真の服の裾を引っ張った。

「ん?」とに顔を向けるとチン、と音が鳴ってエレベーターのドアが開く。

「ありがとう」と凄く微かな声でそう言ってはエレベーターから降りて行った。

ドアが閉まり始めて藤真はやっと「おう」と返事をする事が出来た。


初めて言われた友好的な言葉は「ありがとう」で、さほど感情が篭っていなかった。でも、今のそれは、あのときよりも優しい響があった。同じ言葉なのに。


は少し振り返って驚く。閉まっていくエレベーターのドアの隙間から見えた藤真は凄く嬉しそうに笑っていた。

いつもの意地悪な笑みではなく、あの胡散臭い爽やかな笑顔ではなく。とても嬉しそうに、柔らかく微笑んでいた。


トクン、と心臓が鳴る。

「あいつは敵」

慌てて呪文のようにそう呟く。

瞳を閉じるとその瞼に浮かぶのは先ほどの、藤真の年相応な優しい笑顔だった。










桜風
08.7.15


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