花泥棒 7





少し用事があって席を外していた。

すぐに戻れると思って鍵を掛けずに保健室を空けたのだが。

戻ってきて深い溜息を吐く。

ベッドのカーテンが引いてあり、その中から声が漏れている。

聞こえる声から察してまだ始めてないな、と思った。

「此処は保健室であって、ラブホテルじゃないのよ」

カーテンの向こうに声を掛ける。

慌てて出てきたのは少し衣服が乱れた女子生徒。そして、その相手はベッドの上で胡坐をかいていた。

は少なからず驚く。いつものポーカーフェイスであるが、僅かに瞠目した。

微かなその表情の変化も見逃さずベッドの上で胡坐をかいていた藤真はにやりと笑った。

「何やってるんでしょうね、アナタ様は」

心底呆れてから声を掛ける。

彼は全く悪びれることなく

「折角婚約者が居てもヤらせてくれないから。ある意味、自給自足?」

と答えた。

「何の自給自足だろうね。キミは盛りのついた猫か」

吐き捨てるように言った。

適当に隣のベッドに投げていたジャケットを羽織ながら藤真はの前にやってきた。

「俺の年の男なんて普通にこんなもんだよ。なあ、妬いた?」

「何に?」

半眼になってがそう言う。

がヤらせてくれるなら自給自足はしなくていいんだけどなー。ほら、丁度いい具合にベッドもあるし、この部屋」

挑発的な視線を送る藤真に対して

「保健室だもの、ベッドが無いと困るでしょう?体調の悪くなった子とかが来る場所なんだから。だから、とっとと出て行け。ったく。人の職場を何だと思ってるんだろうね」

冷ややかな言葉と視線を返す

藤真は肩を竦ませて笑顔を浮かべる。

相変わらず胡散臭い...


あの時見た藤真の笑顔は幻だったのだ。そう思うことにした。

あれ以降、無駄に爽やかな胡散臭い笑顔と底意地の悪い悪魔のような笑み以外見ていない。

疲れていたからなぁ、とあのときを思い出す。

そして、現実に戻って目の前の藤真に気付く。まだ戻ってなかったのか...

「早く授業に戻りなさい」

冷ややかなの言葉に藤真は笑顔を浮かべているだけで、全く動じない。それどころか段々間合いを詰めてきた。

距離を取るためには後ずさる。

しかし、トンと背中に硬いものが当たり、壁にまで追い詰められたことに気付いたとき、さっと血の気が引いた。

「ちょっと、どいて」

と藤真の胸を押し返す。

そのの両腕を片手1本で掴んで壁に押し付ける。

藤真の整った顔が近づき、はギュッと目を瞑った。

「もしかして、何か期待してた?」

笑みを含む声で藤真が耳元で囁く。

そして、パッとから離れてまたしても胡散臭い笑顔を浮かべた。

「じゃあ、しつれーします」

と言って出口に向かう。


藤真が出て行ったのを確認して5秒数えてはその場に崩れた。

自分の体を抱きしめる。

「ビックリした...」

今まで藤真は『婚約者』とか言いながらもをからかうだけだった。

今回もからかいの部類に入っているのだが、今までのものとは違う。あの綺麗な顔立ちのお陰で藤真の性別はイマイチ分からない、というか気にしなかった。だが、さっきので初めて藤真が男だと実感した。まあ、自分と婚約をしている時点で男というのは分かっていたが、その認識と先ほどの行為によって感じたそれは別物だと突きつけられた。

藤真がその気になれば自分はこんなにも無力なのだ。


廊下に出て藤真はそのままずるずると崩れる。

「危なかった...」

からかうだけのつもりだった。

これ以上彼女との距離が広がればそれは絶望的に手の届かないものとなってしまう。やっと少しだけ藤真が欲してやまないその高嶺の花存在が幻でなくなってきていたのに。

でも、至近距離でを見て、今まで抑えてきた自分の『男』の部分をさらけ出してしまった。

寸でのところで理性を総動員して自分を抑えることが出来たが。

「でも、やっぱり。まずい、よな...」

廊下に情けない呟きがむなしく響いた。


その呟きどおり、藤真的にまずいことになった。

とにかく、に避けられている。

同じ家に居るのに、顔を見ない日が何日も続いた。

自分に何かレーダーでも設置されているのだろうかと思うくらい、完璧に避けられている。

も藤真邸に来てずいぶん経つために迷うことが無くなり、そんな感じで藤真を避けるためのルートはいくつものパターンが出来ているのだろう。

はぁ、と情けない声で藤真が溜息を吐いた。










桜風
09.7.22


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