| 部屋にひとりになった藤真は自分がわがままを言ったからは出て行ったのだと思ってしょぼんとしていた。 しかし、少し間を置いてが戻ってきた。 手には盆を持っている。 「はい。これなら食べれるんじゃない?」 体を起こしてそれを受け取った。 「が作ったのか?」 目を瞬かせて聞いてくる。 「まさか!あそこに私は立たせてもらえないわよ」 はそっけなくそう答えた。 食事を終えてがそれを片付けようと動き始めたとき 「俺さ。今まで欲しいものは大概手に入れてたんだ」 ぽつりと藤真が呟く。 「ああ、そんな感じ」と鼻で笑いながらが言った。 まあ、話くらいなら聞いてやらんでもない、といいう気持ちになったは、ベッドのそばの椅子に腰掛ける。 「でもな、欲しくて仕方ないものが出来たんだ」 「お父さんに頼んでみたら?」 「ちょっと違うことで頼み事をしたら、棚ボタで手に入った」 「ああ、そう。そりゃ良かったわね」 「って思ってたけど。実は全然そんなのじゃなくて。寧ろ凄く遠くなったんだ」 頬杖をついてあらぬ方向を見ながら適当に相槌を打っていたが首を巡らせて藤真を見た。 「高嶺の花を望んだんだ?手に入らないものを」 コクリと頷く。 「それはまた。大層なお望みを。身の程はわきまえた方がいいのよ、知らなかったの?」 が呆れたように答える。 「俺さ、が欲しかったんだ」 藤真の言葉に「はあ?」とがゆっくり顔を上げる。 「初めてを見たのは、誰の家だったか。忘れたけどパーティ会場だった。俺自身そんなに、そういうの好きじゃないから出ないことが多いんだけど。でも、気が向いたから出たら、が居た」 「...3、4年くらい前の話だね?」 自分がパーティに出た事あるのはそれくらい前の話だ。 「うん」と藤真が頷く。 は記憶を辿ってみるが、この藤真に繋がりそうな人物と接触していない。 それを話すと「結局話しかけられないでいるうちには帰ってたからな」と照れくさそうに笑う。 つられても思わずちょっと照れた。 「それで、去年。親父からの家が危ないらしいって話を聞いて、何とかならないかって聞いたら、婚約って話になってた」 は呆然と藤真の顔を見る。 ということは、つまり...藤真はを助けようとしてくれたのだ。それなのに、自分は片方の面しか見ておらず、向こう側に居た藤真のことを知ろうともしなかった。 酷く居心地が悪い。今まで知ろうともしなかったから、藤真に散々酷い言葉を浴びせた。勝手に敵だと思い込んで... 恐る恐る藤真を見れば寂しそうな表情をしていた。 「でも、うちに来たはあの時のじゃなくて。凄く窮屈そうで、張り詰めていて。手に入ったって喜んでたけど、全然遠くなってた。ごめん、俺間違ったみたいだな」 これは、フォローしたほうがいいのだろうと思い、が口を開くと同時に 「けど。俺はその花を手に入れる。絶対だ。だから、覚悟してろよ。誰かがを手にしても奪ってやる」 と藤真が大真面目に言った。 「盗んででも、ってこと?」 何となく、藤真の言葉のニュアンスがそんな感じだった。 自信満々に藤真が頷く。そして、 「知ってるか、。花泥棒は罪にならないんだぜ?」 とカッコ良く言った。 たぶん、普段の藤真が言えばだって不本意にも思わず見惚れていたかもしれない。 だが、現実には側に居たが声を上げて笑い始める。藤真のベッドの布団を乱暴に何度も叩きながら、今までこの家では完璧な令嬢を演じ続け、学校では多くの生徒が憧れるクールな保健医を演じ続けたがありえないくらい大声で笑った。 そんなを目の当たりにした藤真は呆然とした。 「...?」 恐る恐る声を掛けるとまだ笑いが引かない状態で部屋の一角を指さした。藤真が顔を向ければ頬が腫れて丸くなった自分の顔が鏡に映る。 「い、今。結構カッコ、イ、イこ、と言っ、たのに、そ..その。顔。台無し」 息も絶え絶えにそう言う。笑いすぎて酸素が足りない。 「何だよ!」と藤真は不貞腐れた。 少し笑いのおさまったが藤真の顔を覗きこみながら「ごめん、ごめん」と言って笑いすぎて目の端に溜まった涙を拭いながら微笑む。 それは初めてを見たときに見惚れてしまった笑顔よりも優しくて美しかった。そう、は本当なこんなに優しい目をするのだ。 「ねえ」と体を折って藤真のベッドに頬をつけたが見上げてくる。 「なに」 先ほど爆笑されたのが今でも恥ずかしく、愛想無く答える。 「まあ、精々頑張ってごらんなさい」 の言葉に藤真の眉間に皺が寄る。何のことだろう? 「花泥棒。出来るものならやってみなさいよ」 が楽しそうに笑いながらそう言う。 「後悔すんなよ」 藤真の言葉を受けては体を起こす。 「あら?後悔するようなことなのかしら?って言っても当分無理ねぇ」 とが立ち上がった。藤真が完食した料理の食器が乗った盆を手にする。 「何でだよ」 藤真は見上げて抗議するような声で問う。 「だって、キミって意外とそういうの下手そうだもん。結構不器用者よ、健司クンって」 そう言って背を向けた。 「後でまた来るわ」と言い置いてドアの向こうへと消える。 初めて自分の名前を呼んだの声が頭の中を何度もぐるぐると回る。誰が呼んでも同じはずなのに、彼女が口にした自分の名前は何か別の、特別なもののようでなんとも甘く感じる。 しかし、すぐに引き返してきたのか間を置かずにガチャリともう1度ドアを開けてが部屋の中に顔を覗かせてきた。 「次に保健室をラブホ代わりにしたら蹴っ飛ばして追い出すから。覚悟なさい」 と軽くにらみながらそう言い、再びドアを閉めた。 残された藤真は暫し呆然とする。 高嶺の花は意外と身近で、そしてやはりどうしても手に入れたいと思わせるくらいの魅力を持っていた。 欲して止まないその花は、やっと幻ではなくなった。だから、いつか必ず触れる事ができる。 藤真は笑う。とても嬉しそうに。年相応の少年の顔をして。 |
桜風
09.8.5
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