ハツコイ 12





あの藤真くんの発言は気のせいだったのかもしれない。

そう思い始めた。

というか、そう思うようにした。その方がずっと楽だから。


秋も深まり、いよいよ冬の選抜が近づいてきた。

1回くらい顔を出そうとに誘われて、体育館へ行く。の強い希望により、男子部の体育館での練習の日を狙って。

体育館に行くと丁度女子部は休憩中で、皆床にへたってた。

先輩!!」

部員たちが私の姿を見て起き上がる。

「これ、差し入れ。余ったら男子の方にもあげて」

そう言ってさっき近くのコンビニで買い込んだドリンクやパンを渡す。

皆歓声を上げて荷物を持っていく。

現キャプテンと目が合った。彼女は落ち着いた雰囲気になっていて、会釈をくれた。

私もそれを返す。

一度、男子の方に視線を遣って「先に帰るってに伝えておいて」と近くに居た部員に声を掛けて帰った。

最後まで自分の気持ちを貫ける彼らが、少しだけ羨ましかった。


翌日、先に帰ったことをに怒られた。適当に理由をつけて謝っておいた。


毎日を勉強と時間に追われて過ごした。

季節が変わってもそんな自分の生活は変わらず、ただ、毎日が繰り返しで、それが少しだけ不思議に感じた。

冬の大会が終わってから透は私以上に時間と勉強に追われていた。

自分で決めたことだと言いながらも「1日が24時間って誰が決めたんだろうな」と困ったように笑ってそうぼやく。

「カミサマが決めたことなのです」

そう言ってみると

「俺みたいに時間が足りなくて大変な人間には、オマケをくれてもいいのにな」

そう言って笑った。

バスケ部のメンバーは、全員スポーツ推薦の話が来てたからそれを受けたと聞いた。

も早々に指定校推薦を受けて合格。

最近は高野くんと楽しくデート三昧だそうだ。この間、2人揃って自慢げに報告してくれた。

もう勝手にしなさい...



私は本命の合格を手にすることが出来た。

透は、前期で落ちたけど、後期で合格を掴む。

それを聞いたとき、正直驚いた。素直にそれを伝えると「闘魂だよ、闘魂」と言って笑う。

ちょっと意味不明だと思ったけど、凄く嬉しかったんだろうってのはなんとなく分かった。


私たちの受験が全て終了したことを記念して、後輩たち主催による男女バスケ部合同の送別会が開かれた。

「何か、伊藤くんっての尻に敷かれてるような...」

そう呟いてしまう。

仕切ってるのは女子部のキャプテンの。その指示に従って動いているのが男子部のキャプテンの伊藤くん。

「まあ、彼女は曲がりなりにも、間接的にとは言えに喧嘩を売った大物だからな」

そう言って私の隣に座る藤真くんが笑う。

「しかし、はさすがだな。あの大学の医学部に現役合格ってのは...」

と永野くんが声を掛けてくる。

腰が引けるのを堪えて、

「いやいや。それより透を褒めようよ。私1年先輩になるんだと思ってたもん」

そう言って透を見れば、「残念だったな」と得意げに笑った。ちょっとムカつく...

永野くんは関西の大学。長谷川くんは名古屋で高野くんは、千葉。は横浜。

...ん?

「藤真くんは?」

進学先を聞いてない。

「俺?俺はもう1年受験生」

その言葉に驚いて声が出ない。皆も唖然としている。だって、一番多く推薦の話が来てたの、藤真くんだって透が言ってんだよ!?

「何で?」

「行きたい学校があるんだけどな。そこからは推薦をもらえないから自力で行くしかないんだ。元々勉強が出来る方じゃなかったし、花形みたいに普段から勉強してたわけじゃないから、間に合わなかったんだよ」

そう言って笑った。

皆が藤真くんの行きたい大学のことを聞いても断固として答えず、「来年分かるからいいだろ」と言って笑っていた。





大学に入って少しだけ生活が変わった。

一緒にいる友達も増えたし、少しずつ、男の子と話をするように努力している。

それでも、やっぱり苦手なことには変わりなくて時々透の側に避難する。

学部が違ってもまだ一般科目は一緒に受けることが出来る。

透はメガネをやめてコンタクトにした。

『メガネの奥の〜』のフレーズが聞けなくなって少しだけ寂しく思う。あれは笑えるからいいネタなんだ。

涼しげな瞳を晒している透は高校のとき以上に女の子に人気があるけど、本人はあまり嬉しくないようだ。

バスケは、サークルで続けている。バスケ部があるんだから入ればいいのに、と言ったら今度は楽しむことをメインのバスケがしたくなったんだと言った。

私は人生初のバイトをしたり、今まで経験したことのないものにチャレンジしている。



大学に入ってからの1年はあっという間に過ぎていった。



4月にキャンパスで透に呼び止められる。

友達に先に行ってもらうように声を掛けて彼の元へと向かう。

「何?」

「ちょっと来いよ」

そう言って私に背を向けて歩き出す。

「何処に行くの?」と聞いても「いいから」と笑うだけで答えない。


少し歩いてベンチを指差す。

「行ってこいよ」

そのベンチには誰かが座っている。

その誰かってのは私の知ってる人に凄く似ていて、後姿なのにそれが分かる自分に少なからず驚く。

さっきの場所からそんなに距離があるわけではないのに、何だか凄く歩いた気がする。

1回静かに深呼吸をして

「エクスキューズミー」

そう声を掛けると彼は振り返って

「何でいきなり英語なんだよ」

と笑った。

やはりその人は藤真くんで、何で彼がここにいるのか分からない。

「こんにちは」

とりあえず挨拶をすると藤真くんは「凄い他人行儀だな!!」と言って声をあげて笑う。

そうして、立ち上がりポケットからお財布を取り出して、その中から小さなカードを取り出し、私に差し出す。

受け取るとそれはこの大学の学生証で、医学部と書いてあった。

カードの写真は藤真くんで、学生の名前も勿論『藤真健司』だ。

藤真くんを見上げると

「これで、やっとと並べたよな」

と照れくさそうに笑う。

「...さあ?それはどうかしらねー」

こう言ったらどうなるだろう、と思ってわざとそう言うと、藤真くんは一瞬言葉に詰まった後、

「厳しいなー」

と笑った。

「でもさ、

藤真くんが腰を屈めて顔を近づける。

ち、近い...

「お婿さん候補の一人に立候補するくらい、いいだろう?」

と真顔で言う。

藤真くんの言葉の意味を理解できずに呆然としていたら、また笑う。

「だから、俺はが好きだってこと」

と笑顔のまま言葉を重ねる。

どうしていいか分からなくて振り返れば、私たちの方から顔を背けている透が口元に手を当てて肩を震わせている。

つまりは、笑っているってとだ。


視線を藤真くんに戻す。やはり笑顔を浮かべたままだった。

「えーと、合格おめでとう」

言いそびれていた言葉がやっと出てきた。

それを聞いた藤真くんはまた笑って「おう!さんきゅー」と答え、私の後ろの方では、透が吹きだし、さらに震える肩を抑えている。

「じゃあな。また勉強教えてもらうようになると思うけど...」

そう言って藤真くんは側においていた鞄に手を伸ばした。

「うん、わかった」

彼に手を振りながら頷いた。


彼の背中を見送って、私の胸には何とも形容し難い高揚感があることに気付く。

それが何なのか、今考えて答えを出すなんて勿体無い気がする。

だから、もう少しだけこの初めて感じる得体の知れない気持ちを抱いて生活してみたい。何となく、そう思った。








桜風
08.3.12


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