| 教育実習が始まった。 春休みに言われたとおり、何故か男子バスケ部の顧問もさせられる。 と言っても、一緒にバスケをするくらいで大した手出し口出しはしていない。 実際、6月といえばインターハイ予選真っ只中であり、強豪と言われる陵南の練習に私が口を出す余地などひとつもない。 休憩時間、休めばいいものを、エースと呼ばれているキャプテンが私に言う。 「先生、デートしようよ」 「はあ!?」 ガキが...、と思いつつ次の言葉を待つ。 「俺、将来の日本のエース決定だし。寧ろ、俺NBAのプロで大活躍だぜ。俺と1回でもデートしてたら自慢できるぞ」 そんなの何の自慢だよ... 思わず大きな溜息をつく。 昔言われた、似たようなことを思い出してしまったじゃないか、コンチクショー! 「フリースロー」 「は?」 「だから、フリースロー10本勝負。それで私が負けたらデートしてあげるよ。10本でどれだけ多く入れられるか、勝負ね。それで決まらなかったら、11本目以降はどちらかがミスするまで。おけ?」 手近にあったボールを拾って彼を見上げる。 彼は自信満々に笑った。 その瞬間、私は勝利を確信した。 私が後攻。 彼は5本目まで危なげなくフリースローを決めていく。 が、6本以降はブレが生じる。 そして、9本目。外した。 はい、私の勝ち。 9本目、私が決める。 やめようとすると、 「10本目、アンタが外すかもしれないだろ!」 ムキになってそう言う。 「ふーん...」 10本目、彼は決めた。 そして、私の番。 ボールはリングの中に入る。 「はい、おしまい。残念だったわね」 そう言って体育館を後にした。 「相変わらずだな」 田岡先生が声を掛けてくる。 「まあ、先生も仰ったとおりですよ。体に染み付いているものですね」 愛想笑いに近い苦笑が漏れる。 「魚住くん、もう大丈夫?」 「...はい」 先生がとても期待しているのが、この魚住くん。 テクニックと体力に課題はあるけど、体格が恵まれている。このまま3年間続ければ、間違いなく神奈川屈指の選手になると、私は思う。 学校で居残り勉強をして家に帰ろうと校舎を出た。 まだ体育館に灯りが点いている。 気になって行って見ると 「あらー、感心。凄いね、魚住くん」 残っていたのは魚住くん。 「先生...」 「無理はしないようにね」 そう声を掛けた。 「先生は、バスケされてたんですか?」 「...してたよ。この学校でも」 「女子部もあったんですか?」 「あったよー。私が卒業した次の次の年になくなったらしいけど。田岡先生がそう言ってた」 パンプスを脱いで体育館に入る。 「昔はこの体育館半分ずつ使ってたの。向こうが女子で、こっちが男子」 ボールを拾って放つ。 空中に弧を描いたそれはリングの中に入っていく。 「あの、聞いていいですか?」 躊躇いがちに魚住くんが口を開く。何を聞かれるか分かってて、頷いた。 「何で、バスケ辞めたんですか?」 「私の膝にはここから、ここまで傷があるの。...高2の夏に交通事故に遭ってね。辞めたわ。走れないし、シュートはどうしたって膝を使うから。まあ、諦めやすかったわね。だって、自分で無理だって分かったんだもの。 それから必死に受験生よ。バスケ推薦で学校に入ったわけじゃないから高校は辞めなくて済んだしね。そして、見事現役合格!ど?波乱の人生でしょう?ただねー、膝じゃなかったらなーって思う」 「バスケ、続けれたかもしれないからですか?」 真剣な眼差しの魚住くんには申し訳ないけど、 「膝に大きな傷があると、スカートが穿けないでしょう?ちょっと悔しいと言うか...魚住くんには分かんないよね」 分かるって言われたらどうしよう... 私の心配は当たり前にも杞憂に終わり、魚住くんは俯いたままだ。 「2年後、魚住くんはいいキャプテンになってるわ。私が保証する!だから、頑張ってね」 そう言って体育館を出た。 夜の体育館は懐かしくて、そして、泣きそうになった... |
桜風
07.6.21
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