| 「はーい。今日の練習はここまでにしよう。そろそろ体育館閉めないと怒られちゃうからね」 そう言ってさんが手を叩いて皆が帰るように促す。今の時間まで残っていたさんもさんに倣って手を叩いていた。何故か楽しそうだった。 1年がモップ掛けをしている間に俺たちはシャワールームへと向かい、汗を流す。 シャワールームは2・3年しか使えないから部室に戻ったときには1年もモップ掛けを終わらせて服を着替えていた。 「お疲れ様です」と口々に言われて、俺も適当に返す。 「そういえば、今日の先生。カッコ良かったっスね」 誰かがそういった。 「オレらは知らないけど、教育実習のときも勝負したらしいぜ。そのときのキャプテンでエースやってた先輩と。何か、突然デートしようって言われて面倒くさいからフリースロー勝負したって聞いたな。勿論、先生が勝ったって」 越野がそう言う。 「マジっすか!?」「すげー!!」 1年は初めて見たさんのフリースロー勝負の興奮が甦ったようだ。 「でも、仙道さんは先生に勝ったって...」 1年の視線が集まる。 「ああ、アレは先生の膝が悪かったからだよ。昔事故でバスケをやめざるを得ない怪我をしたらしいんだ。それで、膝が持たなくて勝負の途中で先生が棄権しただけ。だから、あのまま続けてたらもしかしたら俺が負けてたかもしれないなー」 そう言うと周囲がざわめく。 「オイオイ。エースが負けてたかもしれないって言うなよな...」 呆れたように越野が言う。 「だって、分かんなかっただろ?」 越野は答えないけど肩を竦めた。 「どれくらいで勝負がついたんですか?」 誰かが言った。 「100本目までは先生も何とか持ってはったけど。限界が来たのがそれくらいやったな。ね、仙道さん」 彦一が誇らしそうにそう言った。 俺が頷くとまたしても尊敬の念を含んだざわめきが広がる。 それを背に受けながらシャツの袖に腕を通した。 「というか、前から気になったんですけど。仙道さんは何で先生のことを『先生』って呼ぶんですか?」 「さんって呼んだら怒られるから」 そう答えると「普通は、怒られるな...」と福田が呟く。 「仙道ってさ。先生のことが好き..だよな?」 確認するように聞かれた。 「そうだけど?」 質問されたから答えたのに、皆が「えーー!!」と声を上げる。 「何?」 「いや。隠すとか照れるとか。そういうのがあると思ったんだけど...」 植草が遠慮がちに言ってきた。 「隠すも何も...」 だって事実だし。 「先生は仙道さんの気持ち、知ってはるんですかね?」 彦一が聞いてくる。愚問だ... 「知ってるよ。俺、こう見えて何回も振られてるもん」 そう言うとまたまた「ぇええええ!!!」と声が上がる。 「お前、先生に好きですとか言ってんのか!?しかも、何回も!!」 「うん。去年から何回も言ってる。簡単にはぐらかされてるけど。何でかなー。やっぱ全国行かないとダメかな?何でだと思う?」 側にいる彦一に聞いてみると 「や。それは...何でですかね?」 と悩み始めた。 「いくら先生でも。さすがに教師と生徒って組み合わせはマズイだろうしなー」 と越野が呟く。 ああ、そうか。だから今まで振られ続けてるのか。 嫌われている風でもないのに何でダメなのか今やっと分かった。 「そうか。だからダメだったんだ」 俺が納得していると「いや、それは可能性のひとつで...」とか止めに入られたけど、それは聞こえないってことで。 「じゃあ、卒業っていつだと思う?式が終わったらもういいのかな?」 越野を見ると目を逸らされた。植草、福田も。 「...彦一はどう思う?」 さっきシャワーを浴びたというのに彦一は汗だくになっていた。 「えー。3月いっぱいは高校生やないんですかね...」 視線を彷徨わせながらそう言った。 なるほど。 「じゃあ、卒業式が終わって押し倒したらダメか...」 「当たり前だ、バカ!!」 越野に殴られた。結構痛い... 「というか、お前。何でそんなに先生が好きなんだ?先生は去年来たばかりだから、知り合って1年くらいだろ?」 「そうですよ。先生は部活でも主にワイら1年を見てはったから接点いう接点ってなかったんやないんですか?」 彦一も聞いてきた。 「ああ、高校に上がる前からの知り合いだったからな。彼女、大学は東京だったんだ」 俺の返事に「え!?そうだったのか?」と口々に皆が驚く。 「そう。だから俺の地元で知り合ったんだよ。今年は知り合って..5年目、かな?」 指折り数えて驚いた。もうそんなになるのか。全く会えなかった年もあるけど。そっかー、意外だ。 「きっかけは?」 既に皆の好奇心の対象となってしまったようだ。 「初めて釣りするのに波止場に行ったら彼女が居て。で、他はおっちゃんだけだったから何となく彼女の隣に座ったのが一番最初。それから、俺が釣りをするときは彼女の隣だったし、向こうも普通に隣に座ってきてたなー」 そうだよ。昔は並んで釣り糸を垂らしていただけで良かったのに。今はそんなのじゃ満足できないようになってる。 勿論、並んで釣り糸を垂らすもの好きだけど... 「ふーん。でも、先生も、もう...26?」 「越野、今の言葉を彼女の前で言ってみろ。張り倒されるぞ?校庭10周じゃ済まないだろうな。彼女は今年で25だよ」 絶対怒る。容易に想像できて思わず笑ってしまう。 「ま、まあ。それくらいの年だろう?彼氏とか居るんじゃないのか?」 「居ないね」 俺がソッコー断言すると 「何で分かるんだよ」 と言われた。 「だって、彼氏が居たらそれを理由に振るだろう?俺、あしらわれてるけど、そういうの聞いたことないから」 「隠してるだけかもしれないだろう?」 一瞬言葉に詰まったけど 「ウチの顧問やってて男なんて作れると思う?」 逆にそう聞くと皆は「確かに」、と唸る。 1年の10分の9くらいは部活がある。さんはそれに漏れなく顔を出しているんだからデートをする時間なんてないと思う。 というか、コレは俺の希望的観測。 「まあ、居てもいいけど」 そう呟くと皆の視線が集まる。 「だって、奪えばいいだろ?」 そう笑顔で理由を言うと越野は額に手を当てて 「オレ、お前は敵に回したくない...」 そう褒め言葉をくれた。 「じゃあ、お先」 そう言って部室を出た。 1階の廊下を歩いていると外にさんが居た。 「さん!」 振り返った彼女の眼は据わっている。 「..先生」 言い直すと「よろしい」と言いながら笑顔になって窓際に寄ってきた。と言ってもすぐ下が花壇だから残念ながら手の届かないところまでだ。今の俺とさんの関係そのものを表しているみたいだ。 「何?」 「今から帰るんですか?」 「そうよ」 「自転車ですか?」 最近さんは車で来てない。 だから、今日もそうなのかと思ったけど... 「自転車は置いて帰る。まだちょっと足が痛いし、が車で送ってくれるって言うから。じゃあね。気をつけて帰りなさい。お疲れ様」 そう言ってさんは笑顔で手を振りながら段々遠ざかっていく。 「ちえー」 溜息が漏れる。 仕方ない、ひとりで帰ろう。 校門を潜って空を見上げると満月だった。こんな夜にさんは俺を風に喩えたな、と思い出す。 公私の区別がつかないところで一緒に歩いたのは、あのときの一度だけだった。 制服を着てても、『さん』と呼ぶことを許してくれた。 慰めるように風が頬を撫ぜていく。 それが少し可笑しかしくて、声を出さずに笑った。 |
桜風
07.10.10
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