想いは風に乗せて 18





卒業式の朝。

仙道が歩いて正門をくぐる。

「おはよ」

肩をぽんと叩かれた。

そしてそのまま自分の肩を叩いた人物の背中を呆然と見送る。

、さん?」

そう呟いて足を速めて追いついた。

「やっぱり...」

「何?」

「や。何処の美人さんかと...」

呆然と仙道にそういわれては噴出した。

「私も本気を出せばこんなもんよ」

そう言ってそのまま仙道を放って職員室へと向かった。


教室に入ってきたを見て女子たちは「先生、カッコイイ!」「きれい!」とか賛辞を贈っている。

いつも適当に髪を束ねて動きやすいようにジーパンだとかなんだと結構ラフな格好をしていることが多い。

よくよく考えてみると2年前の始業式以来のしっかりとした正装かもしれない。去年の卒業式はは殆ど裏方に回っていたので、その姿を目にした記憶がない。

しかし、今のは黒のパンツスーツで、ジャケットの下は白いシャツ。髪はアップにしてひとつにまとめている。

シンプルだが華やかに見えるのは、肌の色が白い上、のスタイルのよさによるものかもしれないが...

は教室の中を見渡した。今までの1年間を愛おしむように。

「さ、私は1度職員室に戻るね。また後で」

そう言っては教室を出た。


「あれ?教室に居ないと思ったら...」

廊下の窓から中庭が見えた。

仙道が可愛い女の子と向かい合っている。仙道は困った顔をしていたが、悪い気はしないのだろう。そんな雰囲気が漂っている。

式の前にもこういう呼び出しがあるんだ...

『別の雲、探しちゃいなさい』

1年以上前、は仙道にそういった。

彼はそのとき断ったけど、あれから時間は経っている。

は目を瞑り軽く頭を振って職員室へと向かった。

中庭にいる仙道が自分を見上げているのに気付かないままに。


卒業式も滞りなく終わり、教室へと移動する。

式の間、号泣していた田岡の姿が気になって仕方なかった。

が教室に戻ると生徒たちはそれぞれ別れを惜しんでいた。

「はーい、席について」

の声に気付いた生徒たちがバラバラと自分の席についていく。ひとしきり、連絡事項を話して一度言葉を切る。

「で、皆にお願いがあるんだけど」

と言って生徒たちを見渡す。

「今、此処からの風景を写真に撮らせて」

持っていたデジカメを軽く上げて振る。

女子の中にはこんな泣き顔が残るのなんて、と抗議の声を上げる子も居たが結局は皆承諾してくれた。

「あと、もう1個」

少しだけ教室がざわめく。

「一緒に写真撮らせて。イヤな人はいいけど、でも、別に私と一緒に写っても良いよって人はお願いできるかな?まあ、とにかく。まずは此処から撮らせてね」

そう言ってカメラを構えてシャッターを切る。

「ありがとう。じゃあ、取り敢えず解散しようか」

がそう言うと抗議の声が上がる。「何か贈る言葉でも言ってよ」と誰かが言った。

「えー?」と言いながら俯いて視線を彷徨わせると仙道と目が合った。

1度深呼吸をして、顔を上げる。

「うん、そうだな。私は高2のときに自分の青春は終わったと思ってました。それから、受験して、大学に行って陵南に戻ってきて。昨年度、教師1年目。何が何だかわかんないままあっという間に時間が過ぎました。
そして、今年度。いきなり3年の担任だって言われたときにはどうしてくれようと思ったんだよね。ホラ、高校3年生って人生の大きな分岐点になるでしょ?だから、凄く怖かった。でもね、良かった。昨年度とは違う意味であっという間に時間が過ぎた。
私さ、みんなのお陰でもう1回青春出来た気がしたよ。この1年で、自分の高校時代を思い出して、意外と私も青春してたなって思った。1年間、みんなのお陰で楽しく過ごせたし、凄く勉強になりました。
4年後か、それよりもう少し後か。この中の誰かが教育実習に来るかもしれないね。そうでなくても、遊びに来て。放課後はたぶん体育館に居るから。本当に、1年間ありがとう」

そう言って深く頭を下げる。

その後、は感傷に浸ることなく「解散です。みんな、卒業おめでとう」と声を掛けてHRを締めくくった。


が先ほどお願いしたことだが、結局クラスの生徒皆が参加した。他のクラスからもその話を聞いた生徒たちがやってきたくらいだ。

一番自分たちと年齢の近い上に一生懸命だったは意外と生徒に人気があったということだ。

仙道はその様子を机に頬杖をついて眺めていた。


「よう、仙道」

越野たち、元バスケ部がやってきた。

「おう」

「人気者だな、先生」

「まあ、な」

そんな会話をしていると女子に声を掛けられる。

「第二ボタンくれない?」

その場の誰もが想像していた言葉を彼女が言った。仙道に至っては朝からその言葉を何人にも言われており、放っておいてほしいってのがホンネだったりする。

「ゴメンね、俺好きな人が居るから。それに、まだ写真に写ってないし」

と言って断る。

何となく、その様子を息を詰めて見守っていた部員たちはハァっと息を吐く。

「慣れてんな...」

「まあ、一応。今朝からこんなのばっかだし」

肩を竦めて仙道はそう答える。

「仙道。ラストだよ!」

カメラを構えていたクラスメイトが声を掛けてきた。

「ああ」と言って立ち上がる。

「皆も入ったら?」

に言われて越野たちは悩む。

「来れば?」

仙道に言われて荷物を置き、の周りに集まる。

仙道に声を掛けてきたクラスメイトがシャッターを切ってくれた。

「バスケ部の追い出し会に現像して持っていくから」

がそう言う。

「それ貸して」

仙道がのデジカメを持っていたクラスメイトに向かって手を伸ばす。

クラスメイトは仙道にそれを渡して

「じゃあ、先生。またあとで」

と言って教室を出た。

「今日あるんですか?」

「うん、ウチのクラスの皆ってせっかちさんだから」

そう言って嬉しそうに笑う。

クラスの謝恩会のようなものは大抵何処のクラスでも行っているものらしい。教師を呼ぶのは珍しいが、ならそれもあるだろうと納得できる。


「さあ、最後撮りましょう」

仙道が嬉しそうにそう言う。

「越野くんたちに頼めば?」

「イヤです」

満面の笑みで即行却下された。

仙道はと並んで自分たちに向けてカメラを構える。

「不意打ちしたら怒るから」

は口元に笑みを浮かべながら殆ど口を動かさずにそう呟く。

「えー...」

「『えー...』じゃない」

「ちぇ」

「当たり前でしょ」

はチラリと仙道を見て一瞬睨んだ。

「はい...」

諦めて仙道がシャッターを押そうと力を入れた瞬間、

「卒業おめでとう、彰くん」

が仙道にだけ聞こえる大きさの声で言った。

仙道は驚いてを見たと同時にシャッターを押してしまった。

「あ!」

は素早く仙道の手にある自分のデジカメを手に取って

「あっはっはー!仙道くんってば面白い顔!!」

仙道と自分が写っている写真をみて爆笑している。

「ちょ、今のこそ不意打ちって言うんじゃ...」

「え?何??何か言った??」

真顔で聞き返されて仙道は口を噤む。

何が起こったのか分からないが、聞かないほうが良いだろうと判じた越野たちは自分の荷物を手にする。

「ほら、仙道。行くぞ。先生も、一緒に行きましょうよ」

「はいはい」

HR終了後、部室に集合するのはバスケ部の恒例となっている。

「え、撮り直しは?」

「何の話??」

またもや真顔で聞き返されて仙道は諦めた。

まあ、チャンスは今回だけじゃないんだ...


鞄を持ってに並ぶ。

「今度から『彰』って呼んでもらっていいですよ。寧ろそう呼んでください、さん」

「せ「俺、卒業したんですよ」

先生と言うように訂正しようとしたら先を越された。

はぐっと言葉に詰まる。

「覚悟しておいてくださいね。俺のしぶとさ、実証済みですよね」

不敵に笑ってツー、と親指での唇をなぞる。

は顔を赤く染めた。

その様子を笑顔で眺めながら、「覚悟しておいてくださいね。もう、遠慮はしませんよ」と心の中でもう一度そう言った。










桜風
07.12.23


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