風に吹かれて 8





以前、仙道が風邪を引いて延期になった約束の日。

駅で仙道を待っていると肩を叩かれる。

「遅くなりました」

そう言った仙道の表情は何となくいつもと違っているような気がした。しかし、部活の後で疲れているのかと思い、そんなに気にしないでいた。


仙道の買い物もすぐに終わってしまった。

「何か、あっさり終わっちゃったね」

が言うと、

「その方が良いんじゃないんですか?」

と仙道が言う。

いつもだったら凄く残念がるのに。

驚いて見上げると仙道は感情の無い目で自分を見ていた。

「仙道、くん?」

よく分からないが、怒っているようで。

は理由を考えるが、思いつかない。

「どうかした?」

「別に。先生は俺と一緒に居ないほうがいいんじゃないんですか?」

そう言われた。『先生』と。

高校を卒業してからと言うもの『先生』と呼ばなくなった仙道が、また『先生』と自分を呼ぶ。

「凄く距離が有ると思いませんか?苗字でしかも『先生』なんて」と、あれほどなるべく言わないようにしていた呼び方で。

「何で?」

「彼氏に、誤解されてしまいますよ」

「彼氏?って、誰?」

さん。よりを戻したんですね」

仙道の言葉の意味が分からない。が、自分の彼氏?一番ありえない選択肢だったりもする。

「どういう「俺にも、彼女が出来ましたから」

の言葉を遮って仙道がそう言う。

それを聞いたの瞳は言葉を探しているかのように忙しなく彷徨う。

「あ、あ。ああ。そっか、う、ん。仙道くん、高校のときからモテてたもんね。そうか。あ、じゃあ。今日のも彼女と行けば良かったのに。約束とか、関係なくさ」

本当はそんなものは居ない。今でも好きなのはだし、そんな顔をさせたくないとも思う。

けど、もう一緒にはいられない。

は自分ではなく、を選んだんだ。

この言葉を言う決意をするのに、今の今まで掛かった。

ずっと、言いたくない言葉だった。

「じゃあ、先生。失礼します...お幸せに」

そう言って仙道は振り返らずに歩いていった。

もしかしたら振り返ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いては見えなくなるまで仙道の背を見ていたが、結局仙道は振り返らずにそのまま雑踏に紛れていった。



今まで散々甘えていたツケが回ってきたんだ。

そう思う。

仙道の好意を簡単にあしらって、適当に流して誤魔化して。

今更好きとか無いんだ。

仙道には自分ではない誰かが隣にいるのだ。

「何やってるんだろ、私」

呟いた声が思った以上に震えていた。

視界がぼやけてきて、慌てて天を仰ぐ。

既に空は紺色に変わりつつある。

夜が、始まる。









桜風
08.5.21


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