| 仙道は走って陵南へ向かった。 今日はまだ部活は無いはず。は今年は副担だから教室は無い。 だったらあとはひとつだけ。 ノックもせずにガラリとドアを開ける。 部屋の中を見回す。の姿が見えない。 「どうした、仙道。職員室のドアを開けるときはノックくらいせんか」 田岡が溜息混じりに入り口までやってくる。 「さんは?」 「先生か?最近体調が悪いみたいだから、今日も学校が終わって早々に帰ったぞ」 「ありがとうございます」 そう言って仙道は廊下を走っていった。 「こら、仙道!土足で校舎の中を走るなぁ!!」 靴を履き替えている時間が惜しくてそのまま土足で校舎の中に入ったのだ。 「ったく...」 と言いながら田岡は自分の席へと戻る。 「今、仙道君。先生の事を『さん』って呼んでませんでした?」 誰かが言う。 「そういえば...」 「渾名みたいなものじゃないですか?」 また別の誰かが言った。職員室の中はなるほどと納得した雰囲気に包まれた。 仙道が何度か来たことのあるの部屋の前までやって来た。 インターホンを押し、「さん」と声を掛けてみるが返答がない。 耳を済ませて部屋の中の気配を探るが人がいるような感じが無い。 「くそっ」と仙道は舌打ちをした。 じゃあ、後は何処だ? 考えてものいそうな場所なんて学校と家くらいしか思いつかない。 頭をガシガシと掻く。 結局、自分はの何も知らないという事だ。 「あ...」あと、1箇所。もしかしたら... 仙道は駆け出していた。 公園の中のリングにボールがぶつかって何度か地面を跳ねて、力なく転がってくる。 は膝を屈めてそれを拾った。 とうとうリングにも嫌われてしまったらしい。 もう1度シュートをする。 やはりボールはリングの中には入らない。天を見上げる。 紺色に染まり始めた空だ。そろそろ夜がやってくる。 「、さ..ん」 息を切らせてそう自分の名前を呼ぶ人があった。 ゆっくりそちらを見れば汗だくになっている仙道がさっきがシュートを外したボールを持っていた。 「よかった、やっと見つけた」 は視線を彷徨わせる。 何故、仙道がここにいるのだろう?そして、何でまた『さん』と呼んでいるのだろう? 「どう、したの?学校は?部活は??」 「サボりました」 笑顔でそう言う。 「だ、ダメじゃない!学校はともかく、部活は...」 「明日からマジメに行きます」 そう言ってシュートをする。ボールはきれいにリングにおさまった。 ゆっくりに近づく。はそんな仙道を立ち尽くして眺めていた。 「さん、好きです」 自分の目の前に立った仙道がそう言う。 「え、だって。彼女ができたって...」 「それは、嘘です。ごめんなさい」 「ウソ?!」 「はい。俺が、勝手に誤解して吐いた嘘です。俺は、さん以外要りません。さんを超えるだけの女性はたぶんこの世にいません」 呆然とする。仙道は何を言っているのだろう? 「えっと、つまり...」 「俺は、今までもこれからもさんだけが好きです」 そう言って微笑んだ。 顔を覆ったの口から微かに嗚咽が漏れる。 仙道はそんなを抱きしめて「ごめんなさい」ともう1度呟く。 は頭を振った。 「また、デートしてくれますか?」 は頷く。 「さん、好きです」 「...うん」頷いたは仙道の胸に顔を埋めたまま「私もよ」と小さく呟いた。 「知ってます」 仙道はそう言った。 が顔を上げる。仙道はの頬に触れ、髪を梳いて体を屈めて優しく口付ける。 少し、涙の味がした。 の鞄を持った仙道の右手はの左手を握っている。 「今度いつデートしましょう?」 「いつでもいいよ。部活が終わった後とかで。あ、仙道くんは私に料理を振舞ってくれるんだよね」 に言われてぐっと言葉に詰まる。 あの本は破り捨てた。 「あー、本。なくしてしまって...なんか、一緒にゴミに出したかもしれないんです」 そう言うと 「じゃあ、今から買いに行こう」 笑いながらが言う。 「さん、今凄い顔しているの知ってます?」 赤く腫れた目に鼻の頭が少し赤い。明るい店内に入れば泣いたという事が一目見て分かる。 「う..じゃあ、今度」 そう言ったに仙道は笑う。 「約束ですね」 「うん、約束」 風が駆け抜ける。 空を見上げれば雲が走っている。 「仙道くんは、風だね」 「はい。さんは、俺の雲です」 そう言い切った仙道を見上げて思わず噴出す。 仙道は不服そうな表情をしたが 「風に吹かれて一緒に何処かへ行くのも悪くないよね」 というの言葉に破顔した。 |
桜風
08.6.4
ブラウザバックでお戻りください