| 何の前触れも無く、鍵を掛けていたドアが開いた。 そんなことが出来るのは私以外には1人しかいなくて。 「あれ、さんまだ準備出来てないの?そろそろ時間だよ」 とのんびり言うのは仙道くん。 「え、いや。ちょっと...」 慌てて服を着替えると仙道くんが噴出した。 「何で自分の実家に帰るのにそんなスーツ着ていくの?」 「や、だってさ。どんな服を着てったらいいかわかんないよ」 そう言うと笑って、 「まあ、きれいだからいいよ」 と言う。 仙道くんといえば、中々見慣れないスーツでこれまた新鮮だ。 「学ランだったもんね」 「ん?」 「高校のときの制服。ブレザーとかだったら見慣れてたんだろうけど」 「惚れ直した?」 そう言って聞く仙道くんは楽しそうで、ちょっと照れくさいから 「あー、うん。考えとく」 と答えると「素直じゃないな」と言って笑われた。 自分の家の前がこんなに緊張するものだとは全然気付かなかった。 「ねえ、さっきから気になってるんだけど。何でさんが緊張してるの?」 「え、だってさ。結婚の挨拶って言ったら普通は緊張しない?」 「さんの家に行くんだから、俺が緊張するもんだと思うよ」 言われてみればそうだ。 改めて仙道くんを見上げる。全然緊張してない感じだ。それを聞くと 「俺の分もさんが緊張してくれてるからなぁ」 とすっとぼけた事を言う。 少し曲がった仙道くんのネクタイを直して玄関のドアを開けた。 姉も兄も結婚してたからやっと全部片付くと言って喜んでいたのは母。父の反応は薄くてどうしていいか分からなかった。 人当たりのいい仙道くんはあっさり我が家に溶け込む。言い方を変えれば『図々しい』とか、『神経が図太い』という表現になるんだろうけど。 その日の夕食は実家で済ませた。 家に帰ったら母から電話があって、実はあの時の父は機嫌が良かったと聞く。 ただ、あからさまに機嫌が良かったら婿に舐められかねないと思い、薄い反応だったそうだ。 変なの。 「さんのお母さん。何て?」 すっかり寛いでいる仙道くんが電話を終わらせた私に声を掛けてきた。 「んー、お父さんも実は喜んでたんだって」 「だろうと思った」 仙道くんはそう言ってビールの缶を開ける。 「凄い自信だね」 「だって、世界中何処を探しても俺以上にさんを愛してる男なんていないもん」 ちょ、これは... 何でこんなに恥ずかしげもなく、凄く恥ずかしい言葉を口にするのだろう? 仙道くんを見れば全然顔色が変わってないし、目が合えば何でもないことのように微笑む。 2週間前。 仙道くんの就職が決まった。バスケ部を持っている大きな企業からのスカウトを受ける事にしたと聞いたときには驚いた。 「仙道くんって結局受験勉強ってものをした事ないんじゃない?」 そう言うと 「ああ、そうだね。高校も大学も就職も全部来るもの拒まずだな。選んだりしたけど。俺が頑張ったテストと言えば、高2高3の時の定期テストの英語だけだったし」 笑って言う。 「ああ、やっぱり?まあ、とにかく。お祝いしないとね」 そう言うと、仙道くんがうちで私の手料理を食べたいとか言うから招待した。 約束の時間を守らない仙道くん。いつも時間より前にやって来る。 今日はお祝いだし奮発して、と思い、ちょっと高めのワインを買っておいた。 乾杯をして口をつけようとしたらストップを掛けられる。 「何?」 「や。アルコールが入る前に話しておきたいことがあるから」 と答えた仙道くんは何処か落ち着かない。 こんな仙道くんは珍しいな、と思う。 私もグラスをおいて姿勢を正した。 「さんって、来年30でしょ?」 いきなり痛いところを突かれる。クリティカルだ。 「え、ええ。まあ...永遠のハタチと言ってられないわね...」 「俺、就職決まったでしょ?」 「うん。だから、今日はそのお祝い」 そう答えると仙道くんは手を組んでテーブルに肘をつき、その上に顎を乗せた。 「さんの誕生日が来る前に、結婚しない?」 一瞬目の前が真っ白になって頭が動かなくなる。 今、なんて言った? 仙道くんの目を見れば、からかっているでもなく、いつもの軽口でもないのが分かる。 「まだ、ダメかな?」 少し不安そうにそう言われた。 「や、あの。突然で...」 「就職が内定したら言おうと思ってたんだ。俺はどうやってもさんに追いつく事ができないけど、それでも俺なりに出来る事を精一杯やっていくから。だから、もう1度言うね」 そう言って姿勢を正す。 「俺と、結婚してください」 私は声が出せずに、ただ頷いた。 「良かった」と仙道くんが脱力する。 「決勝戦とかよりも全然緊張するね」そう言って笑う。 それから仙道くんがうちへ早く挨拶に来たいと言うから、母に話して家族の時間を調整してもらった。 「来週は仙道くんの家だよね」 カレンダーを見ながらそう聞く。 「ああ、やっぱりウチはいいよ。というか、いい加減『仙道くん』は卒業しない?」 「え、あ。うん...いや、今の問題はそこじゃないと思うわ。仙道くんの家の方にもちゃんとご挨拶しないと」 仙道くんは肩を竦めて「また『仙道くん』って言った」とブチブチ言いながら携帯を取り出した。 「え、まだお話してなかったの?」 「うん。一応、予定聞いてみる」 行き当たりばったりだ... 何か、こういうところは変わらないな。 「来週良いって」 電話を終わらせた仙道くんが携帯をテーブルの上に置きながらそう言う。 「了解。あれ?仙道くんのご家族の話、私聞いたことないよね?」 「両親に兄貴と弟妹。以上」 「以上じゃないでしょ。他には?」 仙道くんの胸倉を掴んでそう聞くと「んー?」と言ってそのまま顔が近づき、ちゅっとキスされた。 「マジメに...」 この子は全く... 「さんなら大丈夫だって。ちゃんと俺が守るし、安心してうちの家族と会ってよ。ね?」 にっこりと微笑んでそう言う。 人を安心させる笑顔だなって思う。 「りょーかい。頼りにしてますよ、彰」 そう言うと彰は目を丸くしたあと、笑顔になる。 「任せてください、俺の愛しいさん」 彰が嬉しそうに微笑む。それは、ずっと前から私の好きな表情だ。 この先もずっとこの表情を見ていられたらってそう思った。 |
桜風
08.6.11
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