恋すてふ
〜ホワイトデー〜





3年が卒業して数日経った。

彼らが居ないのは2月から続いていたが、それでも卒業してしまった後と前とでは印象が違う。

やはり、何だか喪失感のようなものが学校全体に広がっていた。

が、それもあと1ヶ月もしないうちに新しい活気が生まれて何事もなかったかのように賑やかになる。

毎年の事だ。


そんな経験を昨年した神は思っていた。

それでも、1年はまだ3年が居なくなったことを寂しがっている。特に、信長。

彼を見て神はふぅ、と溜息を吐く。

別に、今生の別れでもなかったのに、卒業式の日は彼が大変だった。

滂沱の涙を流していたのは3年の先輩たちではなく、1年の清田信長。周囲は遠巻きにその様子を見ていた。

ちなみに、その様子を見ていたの姉、は指さしてもの凄く愉快そうに笑っていた。

彼女は何でも楽しめるようだ。


「神、ちょっといいか」

授業の間の短い休憩時間中、クラスが同じチームメイトに声を掛けられた。

「何?」と返すと「マネージャーに、ホワイトデーにお返しした方が良いだろうって話になってさ」と言われた。

はバレンタインデーに部員たちにチョコを作って配った。

それは普通に、どう考えても義理でしかないそれだったが、お返しをした方が良いだろうということで全員から小額徴収して何か返そう流れになっているのだという。

「ちなみに、監督からはもう預かった」

誰が言い出したのか。

もしかしたら監督か?

分からないが神は「いいね」と頷く。

神はそれと別ににお返しを用意しているが、彼女もまた神一人のために作ったものとは別に部活中にみんなと同じチョコを神に渡している。

金額を聞いて彼に渡した。どうやら、この件は彼が仕切ってくれるようだ。

「マネージャーって嫌いなものとかあるかな?」

「聞いたことないな」

アレルギーとかそういうのを気にしているのだろう。

しかし、その金額でお菓子といったら多いのでは...?

そんな事を思ったが、きっとは多かったらみんなに分ける。別に困らないだろう。





ホワイトデーと呼ばれる3月14日。

神は朝コンビニに寄ってお菓子を購入した。

昨日ふと思い出したのだ。の言葉を。

「確か、3倍以上で返すようにとか何とか言ってたよな」

自転車を漕ぎながらそう呟く。

が居た頃は廊下で出会えば何かしらお互いチクリと言葉を交わしていた。

それがなくなったのは、少し寂しい。これは、正直な神の思いだった。


部活の休憩時間には部員に囲まれる。

彼女は驚いて皆を見上げていた。

「いつ渡して良いか分からないから」と言って彼女に大きな袋が渡された。

渡す役は、キャプテンとなっている神だった。

今朝突然言われて渋ったけど、キャプテンが代表して、と言われて渋々承諾した。

「えっと、何ですか?」

大きな袋に、小さな

何だか、いつも以上に彼女が小さく見える。

「開けてみなよ」

正直、神も中身は知らない。

は頷いて袋の口を縛っているリボンを解いた。

中から取り出したのは大きなテディベアだ。

「わぁ!凄い、可愛いです!」

とりあえず、そのぬいぐるみを両腕で抱きしめて周囲を見渡した。

、教室で女子とそういうのが好きって話してただろう?」

信長でない、別のクラスメイトが言う。

は頷いた。

彼女は丁寧に礼を言って、袋にその大きなぬいぐるみを仕舞い、体育館の隅に優しく置いた。



その日は珍しく通常の部活後に残る人数が多かった。

神は一度部室に戻り、皆に今朝購入した菓子類を配る。

「どうしたんすか、こんなに...!」

信長は驚いた声を上げた。

確かに、神が持ってきたのはポッキーでたくさんの種類のそれは5箱ある。

「ポッキー、好きなんですか?」

勧められたはそれを1本貰って聞いてみた。

「大好物って言うほどじゃないけど。時々食べてるね」

そう言って神も自分の口に1本含む。

ちゃん、後でお願いがあるんだけど」

そう神に言われて首をかしげながらもは頷いた。

練習を終わらせて神はいつもどおりを自転車の後ろに乗せて帰る。

今日はがもらったぬいぐるみを籠に入れた。鞄はそれぞれが持っている。


の家の前に着き、自転車を止めて神も降りる。

「ありがとうございました」といつものように丁寧に彼女は礼を言って頭を下げる。

「うん、どういたしまして。そうそう。さっき言ってたお願いなんだけど」

そう言いながら神は鞄の中を漁った。

出てきたのはポッキーの箱。しかも、少し高価なやつだ。

「これ、先輩に渡してくれるかな?」

「お姉ちゃんに、ですか?分かりました」

彼女は頷き、大切そうに鞄の中にそれを仕舞う。

「あと、これ」

そう言って神はもうひとつ鞄から取り出す。

これは綺麗に包装されていていかにも贈り物といったものだ。

「バレンタインのお返し」

そう言いながらに渡した。

「え?あ、ありがとうございます!」

驚いたようにはそれを受け取って勢いよく頭を下げた。

「開けてみて」との鞄を預かりながら言う神に頷いたはその包装紙を丁寧にはがしていく。

「わぁ!」と彼女は感嘆の声を洩らした。

箱の中から出てきたのはオルゴールだ。

嬉しそうに神を見上げると目が合い、神は安心した。気に入ってもらえたようだ。

「ありがとうございます」

「うん、よかった。喜んでもらえたみたいだね」

神は素直にそう言い、に鞄と荷物を返して家に向かった。

振り返ると、はまだ神の背中を見送っている。

はいつもそうだ。

だから、神は少し遠回りになるけど道を外れる。

冬なんて寒いんだから早く家に入ればいいのに、と思いながらも少し嬉しいなと思っていたのだ。



「お姉ちゃん」

が自室に帰る前に姉の入り口の衾をノックする。

の家は純和風の作りだから、どの部屋の入り口も大抵衾となっている。

「んー、どうしたの?」

部屋の中からそう返事があり、はふすまを開けた。

「お帰り。今日は寒いね」

そう言いながらに足を向ける。

「これ、神先輩から預かったよ」

そう言って渡されたものはポッキーの箱。しかも、ちょっとだけ通常のものよりも値の張るもの。

はクスリと笑った。

「意外と可愛いところあるじゃないの」

呟いて「ありがとう」とに言い、受け取る。

その際、違和感を感じた。首を傾げたが、まあ気のせいだろうとその疑問を打ち消した。

が部屋に帰った後、はその箱を開ける。点線に沿って矢印に向かって。

が、中から出てきたのは、開いた袋だ。

「何、これ...?」

袋を取り出す。

中には、通常のチョコレートの。いちご、つぶつぶいちごに、抹茶ムース。メンズも入っている。さらに、トッポとプリッツ。

それが各1本。

首を傾げ、箱をひっくり返してみる。

彼は箱の裏側を空けて中身を取り出して糊か何かでまたくっつけたようだ。

「あの、ガキ。手の込んだことを...」

唸るの視線の先に紙切れが落ちていた。ノートをちぎったような、適当なもの。

『ホワイトデーは3倍以上で返すように、って言ってましたよね。7倍返しで大奮発ですよ』

そうメッセージ書いてあり、その最後には『神』とちゃんと署名がある。

「あんの、モヤシがぁーーーー!!!」

が思わず叫ぶ。

の部屋の隣室であるの部屋にもそれは筒抜けで、彼女は驚いての部屋に向かった。

「お姉ちゃん?どうかしたの??」

部屋の前から心配そうに声を掛けるに「何でもないよ」と衾を開けて返したは優しい笑顔を浮かべていた。

「あ、そうだ」とが言い、部屋に一度戻った彼女が手にしているのはポッキーの箱がひとつ。しかも、未開封で、自分が貰ったどの種類のものでもない。

「今日ね、神先輩がたくさん買ってきてて。1箱くれたの。お姉ちゃん、これ好きでしょう?」

あげる、と彼女が言う。

まさか、神はそこまで計算していたのか...!?

「ナマイキ...」とが呟く。

「え?」とが聞き返すと「一緒に食べようか」とが別の言葉を言い、は頷いた。

は何貰ったの?」とが聞くと嬉しそうに「オルゴール」と彼女は応える。

妹の笑顔を見ながら、ま、今日のところは勘弁してあげましょ、と思いながらと共に紅茶を淹れに台所へと向かっていった。









桜風
08.3.19


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