| 1時間程度電車に揺られて最寄り駅で降り、心持早歩きで自宅のマンションへと帰る。 エントランスに入ろうとしたところで、『チリンチリン』と自転車のベルの音がしては足を止める。 「おう」 「あれ、楓も今帰り?」 「待ってろ」 の質問には返さずそう言って駐輪場へと向かっていった。 もさすがになれたもので、とりあえずエントランスに入り、自分の家に届いている郵便物を回収しながら待つことにした。 の幼馴染の流川楓は、現在湘北高校に通っている。 彼をスカウトした私立高校もあったが、それらは自宅から少々遠い。 公立高校の湘北高校は自宅から最も近い高校と言うことで、勉強嫌いの流川は受験勉強を頑張ってみた。 そして、奇跡的に合格したのだ。 比ゆ表現でもなんでもなく、本当に周囲からは「奇跡だ」といわれている。 本人も同じくそう思っていたようで、彼の母親から聞いた話によると、合格発表の日、彼は合格通知を手にしてじっとその文面を眺めていたそうだ。 悪いが、自分だって信じられない。 一生懸命、彼の受験勉強を見たが、それでも「合格かぁ...」と遠い目をしたくらいだというのに。 「おう」と背後から声を掛けられた。 「楓んちのは?」 「今日は親が帰ってくるのが早いはずだから」 そう言いながらもちらりと自分の家の郵便受けを見ている。 「今まで練習?」 エレベーターに向かいながら言うと流川は頷いた。 彼は口数が少ない方だ、と思う... 学校生活の中では特にそうだった。中学までの彼しか分からないが... 「先輩が、何でも湘北じゃないんだ、って。未だに言うんだけど...」 少し辟易とした表情で彼が呟く。 流川の言う『先輩』というのは、のマネージャーの師匠のことだ。 「彩子先輩、元気?」 「あの人が一番元気だよ」 口元を少し緩めてそう言う。 「そっかー...じゃあ、相変わらずか」 も思わず笑みをこぼす。 懐かしい。 部員の誰よりも元気が良かったのが先輩だった。 「陵南も、今まで練習だったのか?」 「あー、どうだろう。全体練習は勿論結構早く..かな?終わるけど、残って練習する人はまだ残ってると思う」 「そうか」と呟いたっきりエレベーターの中では口を開かなかった。 「じゃ、お休み」 そう言いながら鞄から自宅の鍵を取り出す。 既に親が帰宅している流川は「おう」と返して家の中へと入っていった。 玄関のドアを開けて「ただいま」と声を出すが返事がない。まあ、親が帰ってきていないのは良くあることだ。 母は編集者という仕事をしている。締め切り間際になれば家にすら帰ってこない。 父は、本人曰く『敏腕営業マン』だそうで、接待などが忙しいようだ。まあ、本人が証言しているとおり成績も良いのか、お給料はいいらしい。休みの日は何もなければ家の中でゴロゴロしていることが多いが、やはり接待でゴルフに出て行くことも少なくない。 お陰で月の半分くらいは一人暮らし状態だ。 ああ、しまったな... 夕飯を買って帰るのを忘れた。 食卓の上に何もないし、コンロに鍋もない。 高校に入ってからは学校が遠くなったのでは家を出るのが早い。だから、親が夜遅いとき、親が夕飯を作っていけたかどうかがわからなくなったのだ。 数ヶ月前、中学生のときは8時ごろに家を出ていたから朝起きるのが遅い母親とも顔を合わせることが出来ていたのでこういうことはなかったのだが... 「何かないのー?」 呟きながら冷蔵庫を開ける。 ガランとしている。 これが3人家族の冷蔵庫かと思う。 まあ、父親は特に夕飯を外で済ませてくることが多いから、この家では実際には2人分の食料保管庫としての機能しか求められていない。 しかし、求めているものすら保管されていない。 最寄のコンビニはさほど遠くはないが、一旦家に帰ったのにまた出て行くのが少なくとも今は億劫だ。 最後の手段として、お茶碗を持ってお隣に突撃をすることも出来るが、さすがに花も恥らう女子高生的にはアウトだろう。 さてさて、どうしたものか... 電話の着信音がしてとりあえず、自分の夕飯についての問題は保留して電話に出た。 『おう』 「名を名乗れー」 笑いながらが言う。 『飯、食ったか?』 「んーんー」 現在ひもじい思いをしています、とは言わずに取りあえず食事はしていないということだけを伝える。 『カレー、食うか?』 「食う!」 やったー!と手を掲げながら応える。 『じゃ、来いよ』 そう言って返事を待たずに通話が切られた。 良かった、ひもじい思いをしながら寝ずに済む! そんなことを思いながら自室へと向かい、服を着替えてお隣へと向かっていった。 |
桜風
10.3.3
ブラウザバックでお戻りください