| 「ねえ、ちゃん」 翌日試合だというのに、仙道はしょぼくれた表情をしていた。 「どうしたんですか?明日試合でしょ?今日は軽く流すだけって言ってたじゃないですか。ほら、早く帰って体を休めてください」 追い立てるようにが言う。 「や、ちょっと..俺の話、聞いてよ」 試合前の仙道の話っていえば、先日の一方的な賭けが頭に浮かぶ。 「賭けとか駄目ですよ」 先に念を押しておいた。 仙道はその言葉に素直に頷く。 「じゃあ、何ですか?」 作業をしている手を止めてが仙道の言葉を聴く姿勢をとった。 「うん。ねえ、恋の病ってどんな症状?」 仙道が口にしたその単語やらなにやらすべてが胡散臭い。 思わずパカーっと口をあけたまま数秒仙道の顔を凝視してしまった。 しかし、珍しくからかい尾表情を浮かべていない仙道の意味不明な言葉だ。 は口を閉じてまたじっと仙道を見上げた。 「コイノヤマイ、ですか?」 「そう」と真剣に仙道が頷く。 これは、真顔でからかっているのだろうか... 仙道の真意が図り取れない。 「仙道さん」 「なに?」 名前を呼んだだけなのに、仙道が食いつくように返事をする。 「実はわたし、恋の病とやらに罹ったことがないのでなんともアドバイスができないです」 正直に答えた。 というか、恋の病って... その表現もどうなんだ?? 「え、初恋まだ?」 仙道がものすごく珍しい、それこそ珍獣を見るような目でを見る。 「初恋は経験済みです。ファーストキスは、レモンの味はしませんでした」 「ファーストキス!?」 声を裏返して仙道が繰り返す。 あんたが驚くな... は呆れたように溜息を吐いた。 「ち、ちなみに相手は?」 「初恋ですか?ファーストキスですか??」 「両方」 何だってこんなことを仙道に話してるんだろう... そう思いながらもは仙道の気が済むまで付き合ってみることにする。 「初恋は保育園のとき。隣のクラスの子です。ファーストキスはその子とでしたよ」 「...る、流川?」 何でここで出てくるか、その名前が。 「いいえ、流川ではありません。...気が済みましたか?」 「じゃあ、さ」と仙道が続ける。 そろそろ帰って体を休めて明日の試合に備えてください... はそう思いつつも仙道の話に付き合い続ける。 ちなみに、陵南バスケ部の間では、『仙道はに預けておけばそこそこ安心』なんて標語ができているため、仙道との会話は急用がない限りは邪魔されない。 「誰かを好きになるって気持ち。どんな感じ?」 「は!?」 さすがにその質問はないだろう。 「仙道さん、今までたくさんの女の子とお付き合いされているのでは??」 がいうと 「でも、好きな子じゃなかったから」 と仙道が返す。 「何ともわたしには理解しがたいお付き合いの仕方ですね」 呆然と言うの言葉に少しだけ胸が痛い。 「まあ、お付き合いの始め方は人それぞれかもしれませんよね。失礼なことを言ったかもしれません、ごめんなさい」 とは謝った。 「...そうですね。好きってのは結構苦しいけど楽しいんじゃないかな?」 「難しいね」 「そりゃそうですよ。相手があることだから、思い通りにいかないことが多いし、だけど、相手のしぐさや言葉で不意に嬉しくなったりするし。複雑怪奇で一言で言い表すことはできませんよ」 そういっては笑った。 「あ、あと。その人のことを想ったらここら辺がきゅうってするんです」 そういって自分の胸の辺りを押さえた。 「まあ、ホント複雑怪奇だから人それぞれだと思いますけど」 がそう付け加える。 仙道はぼうっとしていた。 「仙道さん?」 ひょいとが顔を覗き込む。 「あ、うん!」 「参考になりましたか?」 いたずらっぽく笑ってが言う。 「あ、うん。うん。凄く参考になった」 コクコクと数回頷きながら仙道が言う。 「じゃあ、気になることが一応解決したみたいですから。明日の試合、集中できますね」 の言葉に仙道は頷き「ありがとう」といって去っていく。 何となく、今の自分の状況はが教えてくれたその症状と合致する。 ああ、そうだ。聞き忘れた。 自覚症状が出てきたときには既に手遅れなのか、と。 しかし、回れ右をしての姿を目にして何となく聞かなくて良いやと思った。 今現在、既に手遅れ感満載の状況だ。 「ふふふ」と仙道の口から笑みが零れる。 これはこれで、結構楽しい状況だ。 もう一度振り返ると忙しそうにがパタパタと走っている。 とりあえず今の自分ができることは、彼女が寄せてくれている限定的な信頼を裏切らないことだと思いながら、更衣室へと向かう。 そのためにも... 「明日の試合は特に落とせないよな」 先ほどまでのちょびっと情けない表情は既になくなっていた。 |
桜風
10.5.12
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