しのぶれど 8





「悪い、忘れ物した。先に帰ってくれ」


部活が終わって鞄の中を見ると忘れ物があったことに気がつく。

花形は教室へと向かった。

今日は英語で大量の宿題が出された。

教科書、辞書、ノートはあっても、肝心のその宿題に出されたプリントを忘れてしまった。


窓際の一番後ろの席に何か塊がある。

それがだと気付いたとき、花形は一瞬焦った。

静かに教室の中に入って自分の机の中を探ってプリントを取り出す。

数日前に席替えをしたため、花形の席は真ん中の一番後ろで、の席も窓際ではなくなっていた。

今までは隣の席で友人であったために一緒に昼食をとっていたが、席が離れた今は藤真が呼ばないとは積極的に一緒に食べようとしない。藤真が呼んでも渋るときもある。

花形自身も声を掛けるのを何となく憚っていた。

そんな感じでとの距離が広がり、自然と話さなくなった。

静かに、音を立てないように元の自分の席へと向かい、椅子を引く。

うららかな気候の午後にははお構いなしにこうやって突っ伏して寝ていた。

呆れながらも、幸せそうなの寝顔に思わず頬が緩んだものだ。

あのときのように頬杖をついての寝顔を眺める。

部活の後で、しかも静かな空間でじっとしているために段々眠気が襲ってきた。

眼鏡を外して頬杖をついたまま俯いて目を瞑る。


少しして隣が動く気配がした。

目を開けるのが億劫でそのままでいると「うわ」と小さな声が聞こえる。

の声が何だか懐かしい。

「はな、が、た?」

顔を覗き込んではその人物を確認した。

机の上に置いてある眼鏡を手にする。

掛けてみて「あれ?」と呟く。

意外と度がきつくない。

眼鏡を丁寧に机の上に戻して、自分の荷物を取ってくる。

もう一度、花形の側まで行き、

「あたし、花形のこと好きだよ」

と呟いた。

パタパタと走り去る音が聞こえて花形が目を開いて顔を上げる。

ひらりとスカートが泳いでドアの影へと消えた。

...?」

それは数週間前に聞いたその言葉そのもので、少し混乱する。

「だってお前は...」

藤真の彼女だろう?

そう言葉にしかけて、それを飲んだ。

くしゃりと前髪を掴んで溜息を吐く。

静かに立ち上がり、自分の席においていた荷物を掴んで教室を後にした。



翌日の朝練のとき、花形は藤真に聞いてみた。

「だから、お前は何度言ったら分かるんだ!俺とはマブダチ、親友!あれはタチの悪いイタズラだって言っただろうがぁ!!何でお前はチームメイトで友達の俺の言葉を信じなくて、あんなワケの分からんことに振り回されてんだよ!!」

長谷川に羽交い絞めされている藤真はそれでも花形に怒鳴りながら食って掛かりそうに体を突き出している。

「ご、ごめん」

藤真の勢いに押されて素直に花形が謝る。

そんな2人のやり取りを遠巻きに見ていた部員たちは藤真の迫力に呆然としていた。


しかし、それを境に今までのバスケ部が戻ってきた。

そして、教室でも。

、一緒に食べないか?」

花形に声を掛けられては恐る恐る顔を上げる。

「借りていいか?」との前の席のクラスメイトに声を掛けて机を合わせて腰を下ろす。

久しぶりに花形に声を掛けられたは困惑気味だ。

遅れて藤真がやって来て嬉しそうに2人の元へと向かった。

近くの空いている椅子を取っていつもの様に座った。

藤真はからかうようにの足を軽く蹴っている。

最初は大人しくしていただったが、いい加減鬱陶しくなったのか、机をダン、と叩いて

「痛いじゃないの!」

と藤真に向かって怒鳴った。

怒鳴られた藤真はケロリとしており、

「ごめん、足が長いから」

などと言う。

机の下のやり取りを知らない花形は一瞬目を大きくして驚いたが、いつものことだと思って溜息を吐いた。

しかし、2人はそんな花形に気がつかない。

「何が『足が長いから』よ。花形よりもすっごく短いくせに!」

「何だと!花形はバカみたいに背が高いんだから足が長くて当たり前だろう!寧ろ、俺と同じ長さだったら哀れじゃないか!!」

「だから、アンタが足が長いっていうのは図々しいって言ってるんでしょ!?」

「でも、は俺より短いじゃないか」

「それこそ、背の高さでしょう!?第一、あたしは藤真みたいに無理に足を伸ばして人の足を蹴ったりしません!!」

「静かに食事が出来ないのか?」

溜息混じりに花形がそう言う。

やっぱり2人の耳には届いていないようで、久しぶりの口喧嘩が目の前で展開されている。

食事を済ませてやってきたバスケ部3人は顔を見合わせて笑った。

「相変わらずやんちゃ坊主の面倒見てるんだな」

声を掛けられて花形は振り返り、苦笑いを浮かべる。

「懐かしいけど、うるさいよ」

「だろうな。藤真、早くメシ食え」

「ちょっと待ってろ」

といって藤真はパンを口の中に押し込んでジュースで流し込む。

「お前らも早く来いよ」

そう言って立ち上がって教室から出て行った。

も来ないか?」

と弁当を食べながら花形が言う。

少し考えて

「うん、久しぶりに見に行く」

は答えて少しだけ食事のペースを上げた。









桜風
08.10.22


ブラウザバックでお戻りください