しのぶれど 10





「頼むから、あまり走らせないでくれるか?」

を捕まえた花形がそう言った。

試合の後での全力疾走。結構堪える。

ポタポタと涙がこぼれているが、それでも泣くことを我慢しているを見て苦笑いを浮かべる。

「我慢しなくていいから」

そう言って花形がを抱きしめた。

花形に抱きしめられたは花形のTシャツを握って涙を流した。

時々小さく嗚咽が漏れる。

その間ずっと花形は優しくの背中を撫でていた。



どれくらい時間が経ったのか、はやっと泣き止んだ。俯いたまま花形から体を離す。

「落ち着いたか?」

「ごめん」

「いいよ。泣くほど、応援してくれてたんだな」

花形の凄く優しい声でまた泣きそうになる。

「あたしばっかり泣いて、ごめんね」

「いや。ありがとう...ちょっと待ってろ」

そう言って花形がどこかへ行った。

は鞄から鏡を取り出して自分の顔を見た。

「ぶっさいくな顔」

思わず呟く。

こんな顔、好きな人に見せられるはずがない。

はぁ、と溜息を吐いた。

「どうした?」

戻ってきた花形に溜息を聞かれたらしい。

「や。何でもない」

はそう言って必要以上に俯いていた。

「ああ、此処は人通りが多いな」

そう言って花形はの手を引いて近くの公園に入っていく。

ベンチに並んで座り、花形がにペットボトルを差し出した。

キャップを回そうとした手を押さえられる。

「先に目を冷やせよ」

そう言いながらに手を添えてペットボトルを目に当てさせる。

「気持ちいい...」

「そうか」

それから暫く2人は何も話さなかった。

花形は公園の中を散歩する人たちを眺め、は俯いて地面を見ていた。

「なあ」「ねえ」

花形とが同時に沈黙を破った。

「お先にどうぞ」

「いや、から」

お互い何回か譲った後、折れたのは花形で

「俺たち、まだ引退しないから」

と言った。

少し顔を上げて「え?」とが聞く。

「うん、冬の選抜を目指す。俺たち5人、みんな残ることにしたんだ。このままでは終われないからな。だから、時間の許す限り応援に来てくれないか?」

は花形の言葉にゆっくり顔を上げ、

「うん、絶対教えてね。練習試合の日程も」

と微笑む。

そんなに微笑を浮かべていた花形だったが、不意に噴出した。

「ちょ、何その反応!?」

「や、ごめん」

「酷い、花形!一途で純情可憐な乙女の顔を見て噴出すなんて!花形がそんなに失礼な人だとは思わなかった!!」

そう言ってプイ、とそっぽを向く。

「ホントごめんって。の言葉が凄く嬉しかったんだけど、顔を見たら目が真っ赤でそのギャップが可笑しくて」

そう言いながら宥めるようにの頭を撫でる。

先ほどからの鼓動は早くなっており、花形の手が触れるたびに心臓が跳ねる。

「そういえば、は何を言いかけてたんだ?」

「ああ。花形、鞄は?って聞きたかったの」

「藤真に預けた。藤真が俺を待ってるなんてことはないだろうから、帰りに藤真の家にバッグを受け取りに行くつもりだよ」

「遠回りじゃない!」

もう笑われた後なのでも気にせずに花形を見上げる。

「ああ。けど、どっちにしてもを送っていくつもりだったから」

そう言われてドクン、と更に心臓が跳ねた。

「え、いいよ」

「でも、どうせ藤真の家に行くしな。送らせてくれよ」

そんな言い方をする。

は「うん」とぎこちなく頷いた。

暫くして、の目の腫れ具合も人前に出てもまだマシというくらいまで引いたので、帰ることにした。


電車に乗ってからというもの、はくすくす笑っている。

「何?」

「いや。ホント目立つね」

「仕方ないだろう」

「バスケ部5人が電車に乗ったら凄く目立つよね」

「まあな。ウチは皆高いから」

そう言って苦笑する。

「藤真も普通に考えたら高い方なのに、周りが高いから小さく見えるんだよね」

そう言っては笑った。

の家の最寄り駅で降りて、言葉どおりに花形が家まで送ってくれた。

「じゃあ、また明日な」

「うん、ありがとう。ゆっくり休んでね」

「ああ」

が家に入るまで見送って、花形は自分のバッグを受け取るべく藤真の自宅へと向かった。



翌日、バスケ部の面々には昨日の試合の結果を惜しむ声がたくさん掛けられていた。

「おっす、!」

「はよ」

いつもどおりの挨拶をするのはくらいのものだった。


。一緒に行かないか?」

移動教室の授業の前に花形に誘われた。

「ああ、うん。ちょっと待って」

机の中から教材を取り出して立ち上がる。

通るたびに思い出す廊下の一角を、なるべく気にしないように歩いていると花形がそこで足を止める。

「花形?」

不審に思って声を掛けると

「俺、のこと好きだよ」

と口にする。

一瞬自分の耳を疑った。そして、今の花形の言葉の意味を考える。

俯いて黙り込んでしまった

「な?こんな感じで告白されても戸惑うだろう?」

と笑いを含んだ声で言った。

ああ、冗談か...

そう思って見上げて笑おうとしたら、失敗した。

花形の顔が凄く真剣で、冗談を言っているようには見えない。

「あの、冗談...?」

「まさか、本気だよ」

そう言われては口をつぐんだ。頭の中でいつもより早い心臓の鼓動が響く。

「返事、今すぐもらえるか?」

そう言って微笑む。

は一度深呼吸をして

「あたし、花形のこと好きだよ」

一度はなかったことにした告白の言葉を口にした。

「ありがとう」

花形は微笑み、の手を取って歩き始めた。









桜風
08.11.5


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