スローテンポ 5





その日の講義が全て終わり、今日はバイトが無いといっている花形に個人授業をお願いして帰路につく中、ふと藤真の視界にその姿が入った。

藤真は思わず駆け出した。

「藤真?!」

突然駆け出した友人の視線を辿ると、そこにはと男が居た。

!」

壁際に追い込まれていた彼女は顔を上げて「藤真くん!」と名を呼ぶ。

を壁際に追い込んでいた男は振り返って不機嫌に藤真を睨みつける。

「何だよ、あんた」

「あんたこそ、この子に何やってんだよ」

と男の間に入って彼女を背に庇い、藤真がいう。

「はあ?お前の何だよ」

男が言う。

(何馴れ馴れしく名前で呼んでんだよ!)

藤真は心の中で毒づく。

自分は既にタイミングを逸してしまい、名前で呼べずに居ると言うのに、という自己都合も相手のせいにしかねない勢いだ。



追いついた花形が名を呼ぶと迷わず彼の背にが逃げ込む。

正直、藤真はへこんだ。

だが、そんなようすをおくびにも出さずに男を睨む。

(でけぇ...)

自分も背は高い方だ。

高校時代はさらに背が高いのがチームメイトだったから小さく見えたが、一般人と比較すれば間違いなく長身の部類だ。

だが、目の前の男は、その藤真よりも背が高い。

(牧..いや、仙道くらいか?)

体の厚さはまだ仙道の方があるような気がするが、高さならそれくらいだ。

男は花形に視線を移して「透?」と言う。

「は?お前ら知り合い?」

藤真が振り返ると

「たぶん」と花形は頷いた。

先日、から聞いたから思い当たるだけで、そうでなければ分からなかっただろう。

「そういや、聞いたんだけど。お前って今バスケサークルに入ってんだって?」

男が藤真の存在を無視して花形と話し始める。

「ああ、まあ」

「バスケ部に入ってこいよ。お前、翔陽とか言う結構有名なチームに居たんだろう?」

県内でバスケ部に入っていたならそんな言い方をしない。

そうでなくとも、翔陽は全国区の学校だから他県に居てもバスケ部が強い学校なら翔陽の事は知っているはずだ。

「まあ、翔陽だったけど。お前は?」

「オレ、高校バスケじゃなかったし。去年、バスケ留学してて今年戻ってきてお前よりも1期下」

(だから、去年が平穏に過ごせたのか...)

花形は納得した。

「だから、ほら。部に入って、大学日本一になって...」

「や、俺は大学はサークルにしようって思ってたし」

花形は早々に断る。

「何腰が引けてるような言い方してんだよ。あー、でも。そうか。翔陽ってずっと神奈川で2番だったんだってな。海南?がいつもトップで。そういや、お前が3年のときに至っては全国いけなかったんだっけ?」

断られたのが気に入らないのか、今度は挑発して乗せてみようという作戦に出たらしい。

(そんなもんに、俺が引っかかると思っているのか...)

溜息を吐いた花形の背後で

「失礼なことを言わないで!」

と挑発に乗ってしまったが居た。



振り返って宥めるように花形が名を呼ぶ。

「なになに、ってば透の肩を持つの?ガキのときから透の後ろに隠れてばっかだったけど、変わんないのな?」

うっせーぞ」

こっちにも挑発に乗ってしまったのが居た。

今度こそ花形は溜息をつく。

「たかだか幼稚園が一緒で、その後1回も会ったことなかったくせに馴れ馴れしいんだよ」

「藤真」

こちらも窘めるように花形が名前を呼ぶ。

「は?うっせーよチビ」

男が藤真を見下ろして言う。

「んだと?!」

「藤真!」

花形がきつく名を呼ぶ。

「落ち着け。何やってんだ...」

そう言って花形は藤真の肩に手を置く。

その手を振り払おうとしたが、何とかそれは思いとどまった。気持ちを落ち着けるように深呼吸をする。

その様子を見た花形は藤真の肩から手を離した。

「じゃあな。悪いな、誘いに乗れなくて」

花形はそう言い、の背を押してその場を去ろうとした。藤真もそれに続くと

。またバケツいっぱいのミミズ、プレゼントしてやるからな」

と男が言う。

は恐怖で花形にしがみついた。

「おい」

藤真が男の胸倉を掴んだ。

「な、何だよ」

思いのほか速く距離を詰められて男はたじろいでいた。

「二度とにそのツラを見せんな」

どさくさに紛れて藤真は名前で彼女のことを言う。

「はっ!お前には関係ないだろう」

「ガキが好きな子の気を引こうとして斜め上に走ってしまったのは仕方ないさ。俺だって、心当たりがなくもない。けど、お前、もういい加減分別つくんだろうが。それとも、幼稚園のときから何ひとつ成長してないガキのままか?」

男は藤真の手を払った。

「てか、お前はの何だよ」

男が問う。当然の問いだ。

にとっては、ただの同級生だよ」

悲しい現実である。

「けど、俺はが好きで、だからを泣かせるバカが気に食わないんだよ」

藤真の言葉にがビクリと震えた。

しかし、花形にしがみついていた彼女の腕は緩み、様子を覗うように藤真と男の方を見た。

花形は自分にしがみついているの背中を優しくポンポンと宥めるように叩く。

大丈夫だよ、と言うように。









桜風
12.9.12


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