| 「こんにちはー!調理部です」 恐ろしくいつもより高めに作った声が体育館に響く。 さっきまで体育館の外では皆自分の鏡を取り出して一生懸命髪を直したり、リップを塗り直したりと大忙しだった。 そんな姿を見て、あたしはただ溜息しか漏れてこない。 バスケ部が休憩に入ると我ら調理部が差し入れに体育館の中に入る。 「差し入れです」 と言いながらバスケ部員たちに先ほど作成したマフィンを配っていく。勿論、甘さ控えめで甘いのが苦手な人のことも考慮している。 あたしは監督の高頭先生の元へと向かった。 「すみません、毎度のことながら」 「いや、まあ。選手たちもこれを楽しみにしているからな。休憩時間の間だけだし、もう伝統だから構わんよ」 そう言って苦笑いをされた。 先生はこの学校の卒業生で、その当時からこんな奇妙な伝統があったらしい。 ちなみに、この差し入れを配るのは3年の仕事。というか、3年にならないとさせてもらえない。これは3年の特権なのだ。 この学校のバスケ部といえば、全国的にもとても有名で、バレンタインなんか全国のお嬢さん方から郵送で届く事もあるらしい。 実際、あたしの幼馴染で、このバスケ部の現キャプテンの牧紳一は毎年困り果てているから、あたしが処分を手伝ってあげている。 つまり、そんな全国的にもモテモテな彼等にお近づきになれるのは最高学年の3年だけ、という意味の分からないシステムが出来上がっているのだ。 まあ、これがきっかけでバスケ部の方とのお付き合いが始まった人も少なくないと聞くから、それを狙っている人には大きな特権なんだろうって思うけど... だから、ウチの部は卒業ギリギリまで3年が引退しない。 受験があるからとかそんなのはどうでもいいみたい。 まあ、2週間に1度の活動だから、勉強の気分転換になってたみたいだし。 ふと視線を感じて振り返れば、なんとも可愛い子がいた。目が合うとにこりと微笑む。 あたしも笑顔を返してそのままズンズンとキャプテン、牧紳一の元へと向かいそのまま首にかけたタオルの両端を右手で纏めてつかんで体育館の外へと向かう。 「おい、どうした!?」 困惑気味の牧の発言はこの際無視しておく。 「ねえ、あの可愛い子誰?」 体育館の中が辛うじて見えるところまで離れて聞いてみる。 「どれだ?」 「あの子!」 「だから、どれだ?可愛いやつなんていないぞ?」 「ちょ、信じらんない!あの子よ。ちょっと細身で、目が大きくて睫毛の長い。ちがう、多分もうちょい右」 指差すのは憚れて牧にあたしの目の高さまで腰を屈めてもらってその目線の方向を指示する。 「ああ、神か」 「ジン?何ジンくん?」 「違う、神宗一郎。苗字だ」 牧は屈めていた腰を伸ばして腰に手を当ててそう答えた。 「何、あの子」 「何って。2年でウチのスタメンだ。元はセンターで入ったんだが、今はシューティングガードだ」 「いや、ポジションの話されても分かんない」 牧と幼馴染をやっていても、バスケに関する知識は学校の授業から抜け出せていない。 つまり、トラベリングとダブルドリブルくらいしか分からないのだ。あ、ヘルドボールもたしかテストに出たことある。 だって、牧にバスケの事を聞いたら凄く詳しく話し始めるから段々面倒くさくなって結局途中で『どうでも良い』になってしまうのだ。 「シュートが上手い、でどうだ?それくらいなら分かるか?」 かなり馬鹿にされた気がする。 ムカツク... 「分かりました!」 そう言ってあたしが体育館へ戻ろうとすると 「人気があるみたいだぞ?」 背中に声を掛けられる。 どんな意図があってそんなことを言ったのか分からないけど、 「ああ、そんな感じだわ」 振り返って笑ってあたしも頷いた。 体育館へ戻って時計を見るとそろそろバスケ部の練習が再開される時間だ。 「じゃあ、先生。失礼します」 「ああ、ありがとう。美味かったぞ」 先生はそう言って頷いた。 「ほら、皆。帰るよ!」 調理部の皆に声を掛けて撤収する。 ゴミになったマフィンのカップを回収して体育館から出て行こうとしたら肩をちょんちょんと突かれた。 振り返るとそこには神宗一郎が立っていて 「ごちそうさまでした」 と言ってにこりと笑う。 思いがけない事で思わず固まってしまった。 「お、お粗末さまでした」 彼がまだ持っていたマフィンの容器だったそれを受け取る。 「俺、神宗一郎って言います。先輩は?」 「あ。、です。じゃあ、また」 そう言って体育館から離れようと1歩引く。丁度休憩の終了を知らせる牧の声が響く。 神くんは1度体育館を振り返って 「じゃあ、失礼します」 ペコリと頭を下げて体育館の中へと戻っていった。 ビックリした... |
桜風
08.12.3
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