| 夏休みに入る前日、つまり終業式の日に、一度だけ調理部との顔合わせが行われた。 今回の合宿に調理部が加わるというコトをしらない人たちは俄かにざわめき、意外にも先輩が他の部員たちにも人気があることに今更ながら気がついた。 調理部は3年生は先輩ともうひとりで2人、2年が3人、1年が2人と、先輩も言ってたけどギリギリの過半数。 監督と先生は職員会議で遅れるということで、牧さんと先輩がこの顔合わせを兼ねたミーティングを進めていた。 牧さんと並んでいる先輩は、普段俺たちに見せない『部長の顔』をしていた。 暫くして会議が終わった先生たちも加わり、あとは部長と顧問が話を詰めるということで解散となった。 「も大変ね」 と調理部の3年の人が声を掛けていた。 「んー?牧に押し付ける気満々だから大丈夫よ」と笑いながら牧さんの目の前で先輩は言い、牧さんはこれ見よがしに大きな溜息を吐いていた。 それから夏休みに入り、俺たちは全国大会を経験して戻ってきた。 大会の後の休養日でも、学校へ向かいランニングとシューティング練習をする。 ただ、全体練習がない分、家に帰れる時刻が早い。 そして、帰り道に見慣れた背中と、初めて見る光景を目にした。 チリンチリンと自転車のベルを鳴らすと、スーッと端に避ける前方の自転車。 並んでみると、やはり俺の思ったとおりの人で。 「先輩」 と声を掛けると驚いたように俺を見た。 「あれ、神くん!?」 「こんにちは。先輩が自転車って初めて見ました」 「そうだね。大抵徒歩だ」 そう言って笑う先輩の自転車のカゴにはスーパーの袋が詰まっている。 「買い物ですか?」 「そう。今日は重くなるって分かってたから、自転車なんだ。あ、神くん」 俺の名前を呼んでにっこりと微笑む。 何だろう?嬉しいけど、怖いような... 「神くんはカレー、好き?」 「カレー、ですか?ええ、まあ。好きですよ?」 「じゃあ、良かったらウチで食べない?」 そういわれて反射で「はい」と頷く。ビックリした... 先輩と並んで自転車を漕ぎ、2回ほど行った事のあるマンションの前で止まる。 先輩に言われたところに自転車を置いて、後ろをついて階段を上り、部屋の前で立ち止まった。 鍵を開けた先輩が「どうぞ」というから、「お邪魔します...」と思った以上に緊張しながら家の中に足を踏み入れた。 「スリッパはそこの好きなの使って」と言いながら先輩はサンダルを脱いだままの裸足で家の中へと入っていった。 使った方がいいのかな?と思って一番上に置いてあるスリッパを取って足を入れて先輩の後を慌てて追った。 「あの、これはどこに...」 先輩が良いと断った荷物を半ば無理矢理持っていた俺は今度は置く場所が分からなくて困った。 「ああ、ごめん。このテーブルの上に置いて」 先輩に言われたとおりに丁寧にスーパーの袋を置いて今度は手持ち無沙汰になった。 「適当に座ってて。あ、コーヒーでいい?あったかいのと冷たいのだったらどっち?」 「冷たいので」 今、凄く暑い。先輩の家にいるこの状況に緊張している自分がちょっと可笑しかった。 今まで彼女だって居たこともあるから付き合ってた女の子の家に行ったことだってあるし、全然気にならないと思ってたのに... 「神くん、ソファに座ってなよ。あ、お家に夕飯要らないって電話しなくていいの?」 先輩に言われて、そういえば、と思い出す。家のこと、すっかり忘れてた。 「此処で電話しちゃっても良いよ」 と先輩に言われて、じゃあ、と携帯を取り出して家に電話した。 俺が電話をしている間にアイスコーヒーをソファの前のテーブルに置いた先輩はエプロンを着けて料理の支度を始める。 「先輩って、エプロン姿、似合いますね」 何を親父臭いことを言ってるんだろう、と思ったけど、先輩の反応は 「でしょ?可愛いお嫁さんたるもの、エプロンが似合わなくてはね!」 と言って笑う。 「何か、手伝えることがありますか?」 「え?ああ、今は大丈夫。あとで手伝ってもらうと言うか、ある意味人身御供に捧げさせてもらうから」 と笑いながら何とも不穏な言葉を口にする先輩。 「あの..御家族の方は?」 何となく、想像つくことを聞いてみる。 「父は仕事。さんも仕事」 そう答える。 「さん、って誰ですか?」 本当は踏み込んではいけないところなのかもしれないけど、でも以前信長に先輩はそのことを話していて。俺だけ仲間外れにされた感じがして、思わず聞いてしまった。 そこのとに、今現在ものすごく後悔してるんだけど、それでも口にしてしまったことは無かったことには出来ず、今まで感じていた緊張とは別の緊張を感じる。 「運命共同体の人」 意外にも先輩はあっさりとそう言った。 ...あれ? 「運命共同体、ですか?」 「俗に言う継母ってヤツだけどね。母親面をしないし、娘面をしなくて良いって言ってくれたから。だから、母子の顔をするときは、学校の面談のときくらいかな?あのときは、大人しくしてた方が早く済む」 先輩は笑ってそういった。両親の離婚の原因とかそういうことまでは言わなかったけど、牧さんの家にお世話になっていたとか、前の家は牧さんの家の側で今はコインパーキングになってるとか。そう言う話はしてくれた。 「さんみたいな物好きが居てくれたホント助かったよ。ダメ父がだいぶマシになったからね」 そういいながら軽快に包丁を動かす先輩はすごく穏やかな表情で、思わず見惚れてしまった。 「ん?おかわり?」 俺の視線を感じたらしく、先輩が顔を上げた。 「あ!ああ、いえ。大丈夫、です」 「テレビも見て良いよ。何なら、あたしの宿題する?」 イタズラっぽく笑って先輩がそう提案する。 「俺、2年ですよ?」 「そうなのよねー...読書感想文とかできそうじゃない?あ、古文もいけそう。古文やっちゃう?」 そう話をしているとピンポーン、とインターホンが鳴る。 「さんかな?」と呟きながら先輩が玄関へと向かう。 しかし、中々戻ってこない。 『さん』にしても、玄関で立ち話ってのは変だし。 玄関を覗いてみると男の人が立ってて、そして、先輩が迷惑がっていた。 これは、敬語を使わない方がいいのかな? 「」と震える声で呼んでみた。先輩は驚いたように振り返って目が助けを呼んでいる。 「どうしたの?」 「新聞の勧誘。要らないって話してるんだけど」 「要らないって彼女が言ってるの聞こえませんでした?」 新聞の勧誘を名乗る男の人を見下ろして聞けば、一目散に去っていった。 「助かった。神くん」 鍵を閉めて先輩が苦笑いを浮かべながら言う。 「ちゃんと外の人を確認してドアを開けないと。俺が居なかったらさっきの人、まだ居座ってましたよ?」 「反省してます」 項垂れて言う先輩が少しいつもより小さく見えて可愛らしかった。 |
桜風
09.8.26
ブラウザバックでお戻りください