| 「先輩」 声を掛けると先輩は振り返る。 窓辺に誘い、少し皆から離れた。 並んで外を眺めながら 「神くんは、お酒強そうだね」 と笑って先輩がいう。 「そうですね、強い方かな?」 と答えれば、「やっぱり!」とまた笑う。 「先輩は?」 「あたしは、飲んだことがないの。意外でしょ?」 と笑いながら言った。 確かに意外だな、と思いつつ 「じゃあ、今日はちょっと飲んでみませんか?」 ときいてみた。 元々興味があったのか、先輩は躊躇う事なく頷いた。 「どれにします?」 一度皆の輪に戻り、適当に飲みやすいと思われるチューハイやカクテルを手にして戻って聞いた。 「どれがおいしい?」 と聞く先輩に悩み、 「これと、これ。これもかな?甘いからジュース感覚で飲めるかもしれません」 と選ぶ。 俺が選んだひとつを先輩は取り上げてまじまじと缶を眺める。 「じゃあ、これ」 と呟き、プルグリップを引く。 一口飲んだ先輩の様子を窺うと、先輩は 「あら、これ好きかも...」 と微笑む。 良かったと胸を撫で下ろして先輩と何でもない話をした。 去年より1日が短く感じるこの合宿のことや、そんなに気になってないけど、俺の進路のこと。 「深く考えなくていいんじゃない?」と笑いながら言う先輩は、たぶんそれを実行してるんだろうなと何となく思った。 暫くして、先輩の横には空になった缶が2本。 俺は4本。 いつもよりハイペースで飲んでしまった自分に少し反省しつつも、隣に座る先輩の口数が減ったことが心配になる。 「先輩?」 名前を呼べば先輩は振り返り、「なあに」と返事をする。 いつも見る先輩のどの顔とも違って見えたその表情は色っぽい。 酔った勢いというものは無敵のようで。 俺は思わず先輩の肩を抱き寄せた。 「神くん?」 少し驚いたトーンの先輩の声が耳に心地良く。 「先輩。名前で呼んでください」 と言えば、先輩はふふふと笑い、 「宗一郎くん」 と音を発する。 その熟れた果実のようなみずみずしい唇で紡がれた音は今まで聞いたどの音よりも艶があり、ぞくりと何かが背筋を駆け抜けた。 「もういっかい」 囁くように言うと、 「宗一郎くん」 「『くん』は要らないよ、」 「宗一郎...」 何度も名前を呼んでもらった。 それは子供が何かをねだるように純粋に欲した声、音。 今までたくさんの人が口にした俺の名前。 けど、今の彼女が声に出す音はどんなものよりも俺の中を掻き乱す。 「...」と囁き、そして唇を寄せてそれは触れる寸前で止まる。 思わず吹き出した。 先輩は長い睫毛を伏せて規則正しく呼吸をしていた。 つまりは、寝ていたのだ。 一気に酔いも、目も醒めてしまった。 先輩を抱き上げて部屋まで運んで寝かす。 同室の調理部の人に先輩のことを頼んで部屋を後にした。 そのまま自分の部屋に戻ることはせずにふらりと外に出た。 お盆を過ぎた今の時期は風が段々秋へと変わってきて、少し涼しい。 先程まで火照って熱かった体と頭も冷えた。 この関係を壊したくないと思う心と、もっと踏み込みたいと思う気持ちが俺の中にあり、その比率が段々逆転してきたのを自覚している。 でも、もう少しだけ。いい後輩でいようかな。 空を見上げれば、月が輝いてたからそうすることにした。 |
桜風
09.11.11
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