| 2学期が始まったけど、先輩にはまだ会えていない。 長期の休み明けには必ず実力テストと呼ばれるものがあり、夏休み明けの今はそれが行われている。 3年はこれが最後の実力テストであり、牧さんの話によると、「いっそのこと無くしてしまえ」と先輩はブチブチ文句を言っているそうで、相変わらずだと思った。 そんな中、やっと普通の学校生活に戻り、教室移動のため階段を上っていると見慣れた背中があって思わず駆け上がった。 「先輩」 と声を掛ければ先輩は振り返り 「何か、神くんの顔が同じ高さにあるって新鮮だね」 と数段下に居るために今の先輩と同じくらいの背の高さになっている俺を見て笑う。 「そうですね」と言いながら俺は先輩に並んだ。 しかし、何と言うか。学校内で先輩の単品ってのが中々見られることはなく、俺は無意識に必ず一緒に居るはずの人物を探していたようで 「牧は居ないよ」 という先輩の声に「え?」と返してしまう。 「何であたしが独りで居ると皆『牧は何処だ?』って顔をするのかね?あれだね。牧がいつもコバンザメよろしくあたしにくっついてるから...」 と頷きながら先輩が言うけど 「体の大きさから考えて逆なんじゃ...」 と思わず突っ込んでしまった。 先輩もそれに少し驚いたようだったけどすぐに「突っ込まれてしまった」と笑う。 「まあ、牧というオプションが無いときも有るのよ。牧に用があるなら教室に来たほうが確実よ」 と言って笑う。 まあ、別に牧さんに用事があるわけでもないから。 それよりさっきから気になっているのが 「重そうですね。持ちましょうか?」 この校舎は特別棟と呼ばれてその名のとおり特別教室が入っている。視聴覚室や、実験室、家庭科室と調理室。音楽室に美術室、書道室も。 だから、先輩が持っているそれは授業で使う資料なんだろうと思うけど、ハードカバーのB4サイズの事典みたいなそれは1冊でも重そうだけど、それを3冊も持っている。 「大丈夫。箸より重いものはいくらでも持ったことあるから」 と言ってにっこり笑う。 そして、何かを思い出したように「あ、」と呟き 「ごめん、神くん。これ、ちょっとだけ持ってて」 と言って俺に持っていた資料を預けて移動教室用なのか、持っていた布製の鞄の中から財布を取り出した。 そこから1枚何かを取り出して俺の持っている資料の上に置き、促されてその資料を再び先輩の手の上に乗せる。 「あげるよ。1枚しかないからどうしようって思ってたんだ。良かったら使って」 先輩が言うから資料の上のチケットのようなそれを手に取った。 それは、どこかのカフェの割引チケットらしい。 「どうしたんですか、これ」 「もらい物。美味しいから、そこ」 と言って笑う。 予鈴が鳴り、お互い時間もなくてそのまま次の階で別れた。 先輩から貰った割引券を眺めながら家庭科室に入る。 「あれ、神君。それって」 クラスの女子が声を掛けてきた。 「ん?ああ、これ?貰ったんだ」 「え、ホント!?いいなー。凄く美味しいんだよ、そこのケーキ。お店の雰囲気もお洒落で。ほら、あの。3年の牧先輩の彼女さんに凄くそっくりなパティシエも居るんだよ。制服が可愛くてね...」 彼女の話はまだまだ続いている。 『牧さんの彼女』って表現に少し、いや、かなり引っ掛かったけど。とにかくそれが先輩だという事は分かった。 でも、先輩に凄くそっくりって... コレをくれたのも先輩。ということは... その子にお店の場所を聞いて今日の帰りにでも行くことにした。 閉店時間が10時らしく、俺の練習が終わって店に着いたときには9時半前。 断られるかと思ったものの、ダメ元でいいやと思ってドアを開けた。 「いらっしゃいませ」と明るい声を掛けられる。 「まだ大丈夫ですか?」と聞くと笑顔で「大丈夫ですよ」と言われて席に案内される。 パティシエの作業スペースは店内に少し出ており、ガラス張りになっているため中の様子が見えるようになっている。 ああ、だからクラスメイトの彼女はパティシエの中に先輩そっくりな人が居るって知ってたんだ。 厨房はカウンターの奥で、やっぱりガラス張りで中の様子が見えるようになっている。 確かに、店のディスプレイや照明、小物などに統一感とセンスが見られて今の時間でも結構お客さんが居るということも考えると人気があるのだと分かる。 「御注文が決まりましたらお声を掛けてください」 と水を持ってきたウェイトレスがメニュー表を置いた。 「オススメとか、ありますか?」 「そうですね。季節のワッフルが人気ですよ」 「じゃあ、それとコーヒーで」 と言ってメニュー表を返して水を飲む。 ふと、パティシエスペースを見ると人が出てきた。 制服は、清潔感のある白でシックだけど所々のデザインは凝っていて、派手ではないのに可愛いという表現が当てはまらなくもない。 ああ、俺が注文したからそれかな?と思ったけど、その人物を見て驚いた。 確かに、先輩に見える。というか、どう考えても先輩以外には見えない。本人だろう!? 下を向いて作業をしている彼女の顔が少し上がったのを見て軽く手を上げてみたけど、反応はなく、上げた手が何となくむなしく宙に浮いていた。 ぎこちなくそれを下ろして待っていると暫くして、コーヒーと季節のワッフルとやらが運ばれてきた。 「いただきます」と手を合わせてフォークでワッフルを口に運びやすい大きさに切って口にする。 確かに、先輩も言ってたし、クラスメイトの女子も言っていたとおりに美味しい。凄く食べやすいと言うか... 「どう?」 「美味しいよ」 声を掛けられて反射で答えた。 慌てて顔を上げるとさっきまであそこでお菓子を、恐らくこのワッフルを作っていた先輩がニコニコと笑いながら頬杖をついて目の前に座っている。 「え、あ。すみません!」 姿勢を正して頭を下げると先輩は笑いながら手を振って 「いいよ、別に。あたし体育会系じゃないし、そんな謝られても困るタイプだから...」 と言う。 「いや、あの。本当にごめんなさい」 「また謝る!」と先輩が笑う。 少ししてウェイターの格好をした中年の人が先輩にレモンティとレアチーズケーキを持ってきた。 「あ、すみません。いいんですか?」 「もうクローズの看板出したからお客は増えないしね。さんも、もう上がっちゃってもいいよ」 そういいながらウィンクをした。 「了解です」 わざとらしく敬礼をした先輩がレモンティに口をつけた。 「ああ、そうだ。さん。この間の話だけど、もう決めた?」 一度は去って行きそうだったウェイターがもう一度テーブルの側までやってきた。 「えーと。まだ家の人と話をしてないんです。今週中には答えを出します」 先輩は姿勢を正してそう答えた。 「うん。あんまり遅いと椅子がなくなるからね」 そう言って今度こそその人は店の奥へと消えていった。 「あの、今の...」 「ナイショ。いずれ分かるよ」 先輩はそう言ってレアチーズケーキをフォークで切り取り口に運ぶ。 こういうことをさらりと答えてくれる人だと思っていたのに、意外にも少し強めの口調で言われて少し驚いた。 少しだけ、先輩との間に壁を感じた。 それは、俺の記憶の中では初めての事で、だからこそどうして良いか分からず、口に出そうな言葉と一緒にコーヒーを飲んだ。 |
桜風
09.12.9
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