| 冬の選抜の決勝戦の前日、先輩に電話を掛けた。 『何となく掛かってくるんじゃないかって思った』 笑いを含んだ穏やかな先輩の声に凄く落ち着く。 「明日、来てくれますか?」 『行くよ。ちゃんとそのつもりでいるから、神くんは3割増で頑張って』 笑いながらそう言われた。 「はい」と返事をすれば『じゃあ、ね』と先輩が電話を切りそうになって思わず「あの、」と声が出た。 何か話があったってワケじゃなく、ただ単純にまだ先輩の声を聞いていたかったってだけで。 だから「あの、」に続く言葉を探して俺の頭はフル稼働し始めた。 『なに?』 「いや、あの...」 重い沈黙が降りる。ああ、どうしようと焦れば焦るほど言葉が浮かばない。 『デート』 突然の先輩の声に「は?」と素で聞き返してしまう。 『選抜が終わったら当分大会ないんでしょ?』 「ええ、まあ」 『じゃあ、練習のない日も出来るんだよね?だから、デートしませんか?』 先輩の言葉に咄嗟に返事が出来ずにいると 『あ。やっぱダメだよね。年末も忙しいよね』 と言われて 「や。全然忙しくないんです」 咄嗟に答えた。危うくこのチャンスをフイにするところだった。 「じゃあ、部活の予定が分かったら電話します」 『うん、待ってる。じゃあ、その前に明日。3割増で神くんを応援するから』 笑いながら言う先輩に 「期待しててください。じゃあ、また明日」 と言って電話を切った。 決勝の行われる体育館で先輩の姿を見つけた。 恐らく、スタンドで応援している部員たちがいつものように発見して、そのまま自分たち取っていた席の最前列に案内したんだろう。 信長がそれを発見していつものように元気よくブンブンと手を振り、先輩も笑顔で手を振り返している。 あの日以来、先輩の好きな人について色々考えてしまう。 それは俺の思い込みで、先輩は一度も「好きな人がいる」なんて言ってないのに、どうしても『居るか・居ないか』が気になっているのではなく、『誰が好きなのか』の方が気になって仕方ない自分はやはり思い込みが激しいのだろうかと少しだけ自分を疑ってしまう。 しかし、この手のことは考え始めたらキリがないもので、本命は牧さんだろうと思うし、穴は信長かな?でも、俺の知らない人だってたくさん居るし、全く以って不毛だと思う。 決勝が終わって、牧さんたち3年は引退となった。 俺は牧さんの後を継いでキャプテンとなり、そして、取りあえず年末年始の数日間だけど休養日が出来た。 早速家に帰って先輩に電話をする。 日にちを調整して、 「で、先輩は何処に行きたいですか?」 と聞いてみる。 『中華食べに行こうよ』 何でも先輩の頭の中は最近は中華三昧なんだそうで。 ただ、お父さんが中華が苦手だからあまり作らないようにしているらしい。だからこそ外へ行くなら中華を食べたいと言う。 「じゃあ、時間は前と同じで、駅前に待ち合わせましょう」 取りあえず、お店の方は俺が調べておくと提案してその電話は切った。 約束の日に駅前に行くと先輩は既に来ており、待たせてしまったことに気がついて駆け出した。 「すみません」 「大丈夫」 そう言ってピースサインを作って笑う。 白いファー付きのダウンジャケットに茶系のチェック柄のプリーツスカート。そして、黒のロングブーツ。 やっぱりいつも見ている制服姿とは全然印象が違って見える。 「可愛いですね」 「ん?」 「いや、その。私服姿っていうか...今の先輩が、というか...」 思ったことがつい口に出て、そして聞き返されて少しだけ焦り、結局思ったことが答えとなって口に出た。 それに驚いたのか先輩はきょとんとして、 「そりゃ神くんとデートですもの。オシャレしますよ」 と言って笑う。 何でこうもこの人は俺の心を掻き乱すようなことを平気で口にするのだろう? 俺の気も知らないで。期待させるような事を言わないでほしい。 勿論、俺の気を知らないのは当然だ。言ってないのだから。 けど、やっぱり先輩のこういうところに時々苛立つ。俺に言ってるってことは他の誰かにも言っている可能性があるってことで。 それを想像すると余計に落ち着かない上、気持ちの良い話じゃない。 「じゃあ、行きましょうか」 それでも、癇癪を起こして今回のデートをキャンセルなんて出来ることもなく、ああ、これが世間で言うところの『惚れた弱み』ってヤツなんだと少しだけ納得した。 電車で移動して駅に降り立って時計を見ればまだまだ時間はあり、「どうしましょうか?」と聞けば「ちょっと寒いけど、海に行こうか?」と聞かれて頷いた。 海岸線の砂浜を歩く。 別にこれと言ってやることはないけど、海風を受けて揺れる先輩の髪を眺めていても飽きない。 「ねえ、神くん。好きな人居る?」 少し先を歩いていた先輩は体をくるりと俺の方に向けて笑顔で聞いてきた。 俺が先輩に聴きたくても聞けなかったことを、逆はあっさり口にする。 少し沈黙して、一瞬「居ませんよ」と言おうかと悩んだけど、折角のチャンスだと思い留まり「居ますよ」と答えた。 そして、これこそ凄く自然な流れだから「先輩は?」と聞けば良かったのに聞けなくて。 それなのに、やっぱり先輩は俺が聞けなかったことを口にする。 「ホント?あたしも居るよ」 ああ、失恋決定だな。俯いて砂を蹴る。 けど、それに続いて先輩が口にした言葉が耳に届いて顔を上げた。 「あたしは神くんが好きよ」 俺の耳に届いた言葉はそれで、空耳だったら尚更ダメージが大きいぞと思いながら先輩の顔を見た。 でも、先輩の顔を見れば、少し顔が赤くて、それは夕日のせいだけではないと思う。 今まで見たどの顔よりも優しくて、そして、愛しさが込み上げて溢れてくる。 ゆっくり近づき、恐る恐る先輩を抱き締めた。 「俺は、先輩が好きです」 先ほど耳に届いたそっくりの言葉を返す。 先輩の細い腕が俺の背中に回り、 「ホント?良かった」 と胸の中で先輩が呟いた。 少し体を離して見下ろせば先輩も俺を上げてくる。 その顔はとても可愛らしくて、 ああ、そうか。先輩は俺に恋をしてるからこんなに可愛いんだ... 恐ろしいまでに自信たっぷりな感想が頭を巡った。 だから、 「俺、頑張ります」 と言葉が口から漏れた。 「何を?」 首を傾げて先輩が聞き返す。 「えーと、6年くらい先。先輩の夢を叶えられるように、頑張ります」 「あたしの、夢?」 はて、何だろう?という表情だ。 「『可愛いお嫁さん』、でしょ?」 耳元で囁いてみると先輩は更に真っ赤になって俺にぎゅっと抱きついてくる。 「それは、期待して待ってればいいのかしら?それとも、期待せずに待ってたほうが良いのかしら?」 胸の中で先輩が声を出し、その振動が、言葉がくすぐったい。 「大いに期待しててください」 そう言うと先輩は声を出さずに頷いた。 |
桜風
09.12.23
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