Sweet love 15





神くんたちの冬の選抜の決勝前夜。電話が掛かってきた。それは、何となく掛かってくるんじゃないかって思ってた相手で。

「何となく掛かってくるんじゃないかって思った」

とつい言葉にも出してしまっていた。

『明日、来てくれますか?』

穏やかないつもの声。

「行くよ。ちゃんとそのつもりでいるから、神くんは3割増で頑張って」

以前神くんが言っていた言葉を思い出して言うと「はい」と返事があり、恐らくこの電話は明日の決勝戦にあたしが来るかと言う確認だと思ったから「じゃあ、ね」と少しだけ名残惜しいなと思いつつも通話を切る事にした。

受話器から耳を離す寸前で「あの、」という少し慌てた神くんの声が漏れて聞こえてその手を止めた。

「なに?」と聞き返してみるも「いや、あの...」と歯切れが悪い。

だから、あたしは思わず

「デート」

と単語を口にした。

『は?』と素っ頓狂な声が受話器から聞こえる。

「選抜が終わったら当分大会ないんでしょ?」

練習試合はあるかもしれないけど、そんなしょっちゅう大会なんてないと思う。

『ええ、まあ』

「じゃあ、練習のない日も出来るんだよね?だから、デートしませんか?」

夏休みの合宿の最終日に神くんにそう誘われた。だから、今度はあたしが誘う。

しかし、返事がすぐに返って来ないということはそれはきっと無理だという事なんだろう。年末だし。

「あ。やっぱダメだよね。年末も忙しいよね」

とさっきの話はなかった事にしようとしたら

『や。全然忙しくないんです』

と神くんが言う。そして、それに続けて

『じゃあ、部活の予定が分かったら電話します』

というから楽しみだ。

「うん、待ってる。じゃあ、その前に明日。3割増で神くんを応援するから」

3割増と言うのは何処の当社比だろうと思いつつ、いつも全力で応援しているつもりだからどうやって3割増そうと考えている自分が可笑しくなった。

『期待しててください。じゃあ、また明日』

そう言って神くんが電話を切る。

神くんはバスケの事になると結構自信のある発言が多い。

それはきっと練習を毎日しっかりしてるからだろうな...


決勝戦を見に行くと体育館の入り口に海南の部員が待機しており、最近は恒例になっているけど、スタンドの応援団の中の最前列に案内された。

どれだけあたしはVIP扱いされるんだろう...?

自分の存在が少し不思議だ。

選手が体育館の中に入ってくれば、いつものように清田くんがあたしに向かってブンブン手を振ってくるからこれまたいつものようにあたしは手を振り返す。

選手の中に神くんを見つけた。けど、神くんはあたしを見ることなく淡々と練習をしている。

それは何度も見てきたバスケット選手である神くんの顔だ。


決勝が終わって牧たち3年は引退したという。

まあ、最後の最後まで残っていたんだ。これでやっと神くんがキャプテンを務めることになったと牧から聞いた。

神くんも後輩の面倒見が良いからきっと安心だ。

そして、夜になって待ちに待った神くんからの電話が掛かってきた。

少ない休養日の中で日程を調整して

『で、先輩は何処に行きたいですか?』

と神くんに聞かれる。

「中華食べに行こうよ」

あたしは答えた。

此処最近ずっと中華が食べたくて仕方がなかった。

けど、我が家の父は中華があまり好きではなく、かと言って父を置いてさんと一緒に食べにいけるように時間的な余裕も無かったため、あたしは中華への思いを募らせていた。

神くんの提案でお店は彼が調べて予約してくれるという。

『じゃあ、時間は前と同じで駅前に待ち合わせましょう』

そう言って神くんは電話を切った。



約束の日、思わず駅に早く着きすぎた。

キョロキョロと辺りを見渡しても190センチ近い神くんの姿は見えない。

まあ、早く来すぎたあたしが悪いんだ。寧ろ、この時間に神くんが来ていたら約束の時間の意味がないような気がしてくるだろうし。

暫くして「すみません」と言う声が聞こえて見ると神くんが駆けて来ていた。

「大丈夫」あたしが早く来すぎたんだし。

私服姿の神くんは制服のときに比べて幾分か落ち着いて見えて、少し大人な雰囲気を醸し出している。

元々性格が落ち着いていて、あたしよりも大人なのではないだろうかと思うこともしばしば有るから、服の趣味はそれを表しているのかもしれない。

そんなことを考えながら神くんを見ていたから

「可愛いですね」

と突然に声を掛けられて思わず「ん?」と聞き返してしまった。

もしかしたら、今別の話をしていたのかもしれなく、あたしは生返事を返していたのかと少しだけ慌てる。

「いや、その。私服姿っていうか...今の先輩が、というか...」

と予想外なことを言われて、一瞬どう反応して良いか分からなかったけど

「そりゃ神くんとデートですもの。オシャレしますよ」

と今朝クローゼットを開けたときに思ったことを口にした。

けど、神くんはあたしの言葉に俄かに不快感を感じたような表情をした。

あれ?イヤだったのかな?

あたしが牧の幼馴染だから行きたくもないデートに付き合ってくれているのかな??

「じゃあ、行きましょうか」

と言った神くんはいつもの彼で、さっきあたしが感じたものは実は気のせいだったのではないかと思うことにした。


電車に暫く揺られて目的地の最寄駅に降り立つ。

時計を見て予約まで時間があるということで「どうしましょうか?」と神くんが意見を求めてきたから折角海も近いことだし「ちょっと寒いけど、海に行こうか?」と提案したら頷いてくれた。

海岸線の砂浜を歩く。

ブーツは砂浜に向かないな、と思いつつそれでも海風が気持ちよくてテンションが上がる。

「ねえ、神くん。好きな人居る?」

体ごとくるりと振り返って、少し後ろを歩く神くんに問いかけた。

神くんはすぐに返事をせず、やや躊躇いがちに「居ますよ」と言った。

ああ、神くんは好きな人が居るんだ。

「ホント?あたしも居るよ」

目の前に。

神くんが好きになる子ってどんな子だろう。どちらにしても、神くんは優しいから神くんに好かれた子はきっと幸せだろうな。

神くんは俯いて砂を蹴っている。

だから、今顔を見られることはない。

「あたしは神くんが好きよ」

失恋するにしても何にしても。ちゃんとはっきりさせたい事だった。

顔を上げた神くんと目が合う。

困ったような、そんな顔。

ああ、やっぱり失恋かな?

そう思っていたら、神くんがゆっくりとした足取りで近付いてきて、突然あたしを抱き締めた。

「俺は、先輩が好きです」

ゆっくりと優しい声で神くんが口にした言葉があたしの中に沁み込んでくる。

咄嗟の事でどう反応して良いのか分からなかったけど、神くんのダウンジャケットがひんやりしていて取り敢えず、夢でも幻覚でも妄想でもないということは何となく分かった。

どうして良いのか分からないけど、あたしの腕はぎこちなく神くんの背中に回り

「ホント?良かった」

と声が漏れる。

神くんの体が僅かに離れて見上げれば目が合う。

優しく細められたその瞳に吸い込まれそうで、それでも、目が離せずにいる。

「俺、頑張ります」

神くんがポツリと呟く。

「何を?」

バスケかな?

「えーと、6年くらい先。先輩の夢を叶えられるように、頑張ります」

「あたしの、夢?」

はて、何だろう...?

あたしの夢といえば、

「『可愛いお嫁さん』、でしょ?」

神くんの柔らかい声が耳に響く。

それはつまり、考え着くところは唯ひとつで、真っ赤になっているはずの顔を見られたくなくて目の前の意外にも広い胸に顔を埋めた。

神くんの鼓動が伝わってきて、少しずつあたしも落ち着いてきて。

だから、

「それは、期待して待ってればいいのかしら?それとも、期待せずに待ってたほうが良いのかしら?」

と照れ隠しに言うと

「大いに期待しててください」

と神くんの落ち着いた自信を感じさせる言葉が返ってきた。

それを受けて何か言ったほうが良いのか分からないけど言葉が見つからず、あたしは結局頷く事しか出来なかった。


誰もが笑ったあたしの幼い夢を叶えてくれると言った。

別にそれはどうしても叶えたいものではなかった。ただ、現実から逃げたい、大人になりたくないというそんな気持ちから浮かんだものだった。

それを神くんは大切にしてくれるという。

見上げた神くんの目は何処までも優しくて、もう1度神くんの背中をぎゅっと抱き締める。

「ありがとう」

声に出さずに呟いた。









桜風
09.12.23


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