| 映画館から外に出て何の気なしにぶらぶらしていると、ポツポツと空から雫が落ちてくる。 「あー...やっぱ来ちゃったか」 と先輩が呟いた。 その後すぐに滝のような雨が降ってきた。 慌てて、羽織っていたシャツを先輩の頭に載せて 「あの庇の下」 と指差して先輩の手を引いて走る。 庇の下まで走ったは良いけど。 俺はともかく、先輩もずぶ濡れで。俺、全然ダメだなって思った。 先輩の頭に載せたシャツだってびしょ濡れだし。全然役に立ってない。 「清田くん、ありがとね」 先輩がそう言う。 「これ、ありがとね?」 頭の上に尚も載せたままの俺のシャツを摘まんでそう言う。 「や。でも、結局先輩ずぶ濡れですよ」 「清田くんの方がずぶ濡れだよ」 そう言って困ったように笑う。 どうしよう。すげー可愛いとか思ってしまった... 「よし、清田くん!」 「はい!」 「もうちょっとずぶ濡れちゃおう!」 「へ?」 詳しい説明のないまま先輩はいまだ滝のように降る雨の中を駆け出す。 「何処に行くんですか?」 「うち」 ...『うち』!?先輩の家!!??? 「や、でも。俺すげー濡れてますよ?」 「だからよ!」 どうでもいいけど、先輩って結構足遅いな... 暫く走ってあるマンションへと辿り着いた。 先輩は家が近づくに連れて段々足が遅くなっていたのを指摘したら怒られそうだ。 エレベーターがあるのになぜか階段で上がっていく。 「大丈夫っすか?」 さっきまで走ってて、今度は階段。 「大丈、夫...」 全然大丈夫そうにない返事をする先輩。 ある部屋の前で止まって鞄を開ける。 鍵を開けて 「ちょっと待ってて。タオル取ってくるから」 と先輩は家の中に消えていった。 先輩はすぐに戻ってきて大きなタオルを俺に渡し、自分もタオルを肩に掛けている。 「上がって」 「でも、濡れてますよ」 「ああ、大丈夫。あたしも濡れてんだし。ほら、早く入っちゃって」 先輩に促されて俺はそのまま家の中に入ってしまった。 「こっち」と言いながら先輩が案内してくれたのはバスルーム。 「シャワー浴びて。あと、洗濯物はこの中に突っ込んでてね。すぐに回すから。あと、コレ使って。父のだけど、新しいのだから。ダサくてゴメンね」 そう言って一緒に渡されたのはジャージとTシャツ。そして、新しいパンツ。 「あ、ウェスト大きいと思うけど、我慢してもらえると助かるな」 「や。全然...」 「じゃあ。シャワーの使い方分かるよね。まあ、蛇口を捻ったらお湯は出てくるから。わかんないことがあったら呼んで」 そう言って先輩はバスルームから出て行った。 え、ホントに良いの? そんなことを思いながら言われたとおりに今着ていた物を洗濯機に放り込んでそのままシャワーを借りる。 そういえば、先輩のお父さんとか、さんとか何処にいるんだろう? そんなことを考え始めたら今度は何だか落ち着かなくなってしまった。 手短にシャワーを浴びて借りたものを身に着けて先輩の居そうなリビングへと向かった。 「あらら、早いのねー」 まだ肩にタオルを掛けたままの先輩は笑いながらそう言って俺に座るように促してくれた。 「はいどうぞ」 と目の前に置かれたのはオレンジジュース。 「ごめん、あたしもシャワー浴びてくるから。インターホンが鳴っても無視してね」 そう言って先輩は居なくなった。 ええ!!??居なくなるんスか!!??? これで先輩の家族が帰ってきたら俺、どんな風に見られるんだろう。 は、早く出てきてください... 神様は俺のことが嫌いなのか。 先輩がシャワーを浴びている間にガチャガチャとドアが鳴って「ただいまー」と明るい声が玄関から聞こえる。 「あれ?」 という声が聞こえたかと思うとバタバタと賑やかな足音が近づいて来て 「紳ちゃん!」 と後ろから抱きつかれた。 もうどうしていいか分からない。 「あれ、髪が長い。違ったか...」 そう言ってその人はリビングから出て行った。 え、それだけ...? 暫くして戻ってきたその人は、ジャージ姿で。きっと前に先輩から聞いた運命共同体の『さん』だと思う。 「んー、ちゃんは?」 「あの、シャワーを...」 「そうか。傘持っていかなかったのね」 一言そう言って冷蔵庫を開けてオレンジジュースをグラスに注いで俺の前に座った。 「えーとね、ちょっと待ってね。えーと。あ!思い出した!秀吉君!」 「信長です...」 「あ!そうそう。それ。初めまして、ちゃんの運命共同体という名の母をやってます、です」 「どうも...」 ぺこりと頭を下げる。何か、想像してたのと全然違う... 「ごめんね、おっきな靴を見たら紳ちゃんだって思っちゃうんだ。この前も思いっきり宗ちゃんを間違えちゃったし」 そう言ってカラカラと笑い、ジュースを一口飲む。 『宗ちゃん』って誰だろう...あ、神さん!? え、何で神さんは先輩の家に来たことがあるんだ?もしかして、2人は付き合ってるって事?!恋人同士って事??!! 「違うと思うよ」 不意に声がして顔を上げるとさんが頬杖をついて俺を見ている。 「え、何がっすか?」 「宗ちゃんとちゃん。付き合ってないと思うな」 何で、俺が思ってた事を... 「声に出てた。良かったわね、ちゃんがいなくて」 苦笑をしながらさんがそう言う。 「はい」 何だか気恥ずかしい。 「あれ、さん。お帰り」 先輩もジャージ姿。 「ただいま。今ね、秀吉君と友好を深めてるの」 「名前を間違えてる時点で深まる友好も深まらないよね」 と笑いながら先輩はそう言って冷蔵庫を開けてグラスにジュースを注いだ。 「ねえ、今日の夕飯何?」 「八宝菜。あ、清田くんも食べて帰ってね」 先輩がそう言う。 「いいんすか?」 「いいんすよ」 笑いながらそう答えられる。 「じゃあ、ノブりん。家の方に電話しないとね」 「『ノブりん』って何スか?」 「信長君の渾名。可愛いでしょ?」 にこりと微笑んでそういうさん。 「新しい方向性だねぇ」 笑いながら茶々を入れる先輩。 何か、凄く馴染みづらい空気に感じてしまった。 先輩が夕飯の仕度をしている間、何故か俺はさんとテレビゲームで盛り上がり、さらには帰ってきた先輩のオヤジさんも巻き込んで大騒ぎ。 「ご飯できたよー」と先輩が声を掛けてきて、ゲームは一時中断。 ハタと気がつくと、俺ってば恐ろしいくらいに先輩の家に馴染んでいて、自分でもビックリした。 先輩の作った夕飯はやっぱり絶品で、遠慮したほうが良いんだろうけど、思わずお替りをしてしまった。 反省しつつも、さんが楽しそうに笑ってさらに進めるから思わず言葉に甘えてお替りをまた... そして、段々気付く。 俺、もしかしてさんのオモチャになりつつあるんじゃないか?? そんな疑問を持って先輩を見ると苦笑いを浮かべている。 あ、やっぱり... 服が乾くのを待っていたから意外と帰る時間は遅くなり 「ごめんね、遅くまで引き止めて」 と先輩に言われて慌てて 「いえ!俺の方こそ凄くお世話になりました!遅くまで済みませんでした」 と答えた。 「また遊びにおいでね〜」 リビングからひょっこり顔を出して手を振りながらさんが言う。 「あの、先輩。神さんも、来たことあるんですよね?」 「あるよ。さんから聞いた?」 「はい。それから、来てます?」 「さんが居る限り中々近寄らないと思うよ。牧だって殆どウチに寄り付かないもん」 笑いながらそう答えた。 ああ、やっぱり... 「まあ、あのさんを相手にする元気があったらまたおいでよ」 「そ、そうっすね」 さんって先輩の最強の虫除けだと思った。 「じゃあ、また2学期に。学校で会いましょう」 「うん。またね」 玄関でそう挨拶をして先輩の家を後にする。 昼間の土砂降りがウソのように空が晴れてて。 でも、次に先輩に会えるのは2学期が始まった学校で。校舎が違うから学校が始まってもすぐに会えるとは限らない。 「長いな...」 思わず漏れたその言葉がさらにそう自覚させた。 |
桜風
10.1.27
ブラウザバックでお戻りください