| 牧の爆弾発言について暫く色々考えて導き出した答えは、 「あ、ああ!そっか。そうだね。そのほうが家賃が安くて済むもんね。知らない人とルームシェアするよりも安全だしね」 というもので、それ以外には考えられない。考えたくない。 しかし、牧はやはりあたしの、このいっぱいいっぱいの頭の中を想像できないようで 「そういう意味じゃないな。同居と言うよりも同棲という表現が近いんだが?」 と言い放った。 じっとしていられなくなり、さっき抱えたバスケットボールを自分の周囲で転がしてみる。 「で、どうする?返事はそんなに急がないが、1月の半ばくらいから知り合いの不動産屋に部屋を探してもらう予定だからそれくらいまでに返事は欲しいな」 何でもないことのように話を続ける牧。 つまりそれは... 「ダメ、だよ」 何とか声を出して俯く。 「何故?」 「だって、そんなの。お別れしちゃったらもう会えないんだよ」 大人は別れたらもう会えない。 人は『別れ』というものにより、もう二度と会えなくなる。特に、男女はそういうもののようだ。 父と母が会っていない。あたしも、あれ以来母に会えることはなかった。 だから、あたしは紳一を『牧』と呼ぶ。少しでも遠ざけるために。最初から側に居なければお別れしても寂しくない。 でも、あたしも自分勝手な性格のようで、牧が『』と呼ぶのは凄く心地良いと思っていた。いつでも側に居てくれるその安心感。 それでも、あたしは東京に行く事を選んだ。離れる覚悟をした。 それなのに、牧はあたしと一緒にいることを選んだ。まだ一緒にいられることは嬉しいと素直に思う。けど、その分、別れるときは辛くなる。 「別れないし、離さない」 牧の落ち着いた低い声が耳に届く。それは迷いの無い声音だった。 あたしはゆっくり顔を上げる。 牧はあたしに近づき、目の前に座って視線を合わせる。 「俺は、を泣かさない。嘘も吐かない」 はっきりそう言う。 牧は、あたしから離れないという。それは嘘ではないと、約束してくれた。 「早速牧は嘘つきだ」 そう言いながら両手で顔を覆う。 だって、その言葉はあたしが一番欲しかったそれで、牧の口から聞けたことがとても嬉しい。そして、その感情は涙となってあたしの頬を伝う。 「ああ、悪い。言い方を変えよう。を悲しませて泣かせる事はしないし、そんな嘘は吐かない」 「だったら、まだ嘘つきじゃない」 これは、本当の嬉し涙だから。悲しくて泣いているのではないのだから。 牧の大きな手があたしの腕を引き、あたしはあっさり牧の胸の中に納まった。 ゆっくり顔を覆っている手を離して、代わりに牧の背中に腕を回してそのシャツを強く握りしめる。 牧は優しく背中をさすって落ち着かせてくれる。凄く安心する。牧の心臓の音。牧の手。牧の、匂い。 「あたしがご飯を作る」 声が出せる程度に落ち着いたから、そう言った。 「ん?」 牧が聞き返すけど 「牧は、ゴミ捨て。で、えーと。掃除は自分のテリトリーはそれぞれで、共用は当番制。押し売りは牧がちゃんと追い返して」 そのまま話を続ける。 「ああ」 「あと、買い物も牧」 「多いな」 「じゃあ、アイロン掛けはあたしが丁寧にしてあげる」 「助かる。他には?」 「バスとトイレは別で、シンクも広めに。ガスコンロは2口でグリルつき。オーブンも欲しい」 「贅沢だな」 「オーブンがないとお菓子が作れないよ」 「それは困る。ぜひとも導入しよう」 牧の声が凄く真面目で、そんなことを深刻に考えなくても、と思ってしまって思わず噴出した。 「他には?」 牧が少し楽しそうに促す。 だから、牧の胸につけていた顔を上げて、 「牧はもっと優しくなればいいと思う」 と言ってにっこりと笑う。本当は凄く優しいのは知ってる。今だってそうだ。 「じゃあ、は俺のことは名前で呼んだらいいと思う」 似たような言い方で返されれば一瞬言葉に詰まってしまい、「やっぱりイジワルだ」とこんどは心底そう思い、呟いた。 「に関して言えばこれ以上ないくらい優しいと思うがな?」 知ってる。知ってるけど、 「ううん。紳一はイジワルだよ」 俯いてそう言う。たぶん、今のあたしは耳まで真っ赤で、恥ずかしすぎて顔なんて見せられたものじゃない。 牧は少し腕に力を込めてあたしを抱き締めた。 「今度からちゃんとそう呼べよ」 と耳元で優しく囁かれてあたしは頷く。 今まで怖がっていた日々が嘘のように、牧の名前を呼べばあたしの中の不安が消えていく。 これから始まる新しい事。 学校。 生活。 そして、恋。 全てが楽しみで仕方がない。 それはきっと。その先にはハッピーエンドが待っているから。 |
桜風
09.11.4
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