| 自分でもビックリするくらいの強引な手を使って、彼女の名前を聞き出した。 「てか、お前。そのおねーさんが気付いてくれなかったら大変なことになってたじゃん」 部活の休憩中にチームメイトに言うと呆れられた。 「んで、藤真はそのおねーさんとどうなりたいんだ?」 「特に考えてなかった...」 本当に、考えてなかった。 何となく、名前が知りたくて、ちょっと話がしてみたかっただけでその先なんて何も見据えていない。 「ま、少なくとも印象は悪いだろうな」 呆れたように長谷川が言う。 「何でだよ」 「そのお姉さんは、藤真の意味の分からない好奇心のお陰で電車を一本ずらさなきゃいけなくなったんだろう?」 『意味の分からない好奇心』という単語に引っかかったが、確かにそうだ。 彼女は自分の乗っていた電車を降りて態々定期を持ってきてくれた。しかも、走って。 「わ、あ...」 これは本格的に拙い。 お近付きとかそういうの、遠い彼方だ。 「藤真ならさ、爽やか笑顔で『お姉さん、名前教えてくれない?』って聞いたら素直に教えてくれたかもしんねーのに」 高野が言う。 「ばっ!それじゃナンパみたいじゃねーかよ!!」 思わず抗議すると 「お前が昨日したことと、どう違うかが分からん...」 心底疑問だといわんばかりの花形の言葉にオレは撃沈した。 拙った。間違いなく、拙い... さん..名前で呼んでもいいのだろうか。 さんは、どうやら毎日同じ時間、あの時間の電車に乗っているわけではないというのはこの数ヶ月で気付いたことだ。 おそらくバイトか何かをしていて、そのバイトがある日の電車が今オレが乗っているこの電車ということのようだ。 窓の外には海の景色が広がっているはずだが、この時間は暗闇にしか見えない。 あー、これって今のオレの心境だ。 「藤真..さん?」 「わあ!」 声を掛けられて思わず声を上げた。 電車の中の視線が一斉にオレに集まる。 オレに声を掛けた彼女、さんも目を丸くしていた。 「あ、すみません」 「いえ、こちらこそ。ビックリさせちゃって...」 そう言って彼女は首を傾げた。 「な、何ですか?」 「あー、いえ。昨日と印象が全然違うので」 指摘されて気付く。 そうだ、うん。 「え、と。昨日は...」 「わかった!健司くんの双子のお兄さんですね!!」 彼女は何か勝手に納得した。 「や、オレ本人です。すみませんでした」 謝ると彼女はやっぱり不思議そうにオレを見上げる。 とりあえず、気持ちを切り替えるために、わざとらしい咳払いをひとつして、「昨日は、すみませんでした」と頭を下げた。 彼女は目を丸くしてオレを見上げている。 「あ、あの...」 「双子のお兄さん」 「や、だから...」 人の話を聞かない人なのかな... そんなことを思っていると彼女はクスクスと笑った。 「ごめんなさい、冗談。けど、何かやっぱり違う」 「すみません。昨日は、その..さんの名前を知りたくて」 もう正直に話すことにした。 変に誤魔化したら、話が変な方向に行きそうな気がしたから。 彼女はきょとんとして首を傾げた。 「名前?」 「そう、名前」 「そっかー...」 彼女は納得したのかしきりに頷いていた。 「名前ね。確かに普通に声を掛けられて『名前、何ていうんですか』って聞かれたらちょっと怖いもんね」 なにやら彼女は納得してしまった。 オレの取った方法、もしかして正解? 「けど、定期は拙いですよ。落としたらホント大変ですよ?」 「あ、はい。すみませんでした」 ぺこりと頭を下げると「うん、よろしい」と彼女は笑った。 少し、胸の支えが取れた。 |
桜風
12.10.17
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