| 藤真くんに今年のIH開催県を聞いたときから、すぐに帰省予定を早めた。 夏休みの、帰省前に神奈川の観光案内をしてくれると藤真くんは言ってくれたが、それはまた今度でも大丈夫だし。 それよりも、IHは期間が決まっている。 その期間中でしか見られないのだ。 バスケの会場に行く。 高校時代の後輩に会場と日程を聞いておいた。 藤真くんの通う学校は強豪校と聞いていたけど、後輩の話では、どうも全国の常連校らしい。 クラスのバスケ部に聞いたら驚かれたと言っていた。 それはともかく、何とか彼の試合に間に合って会場に入ることが出来た。 2年生でスタメンは彼だけだった。 先日言葉を交わした彼の友達はベンチに居た。 彼らは座っていても大きい...やっぱり巨人の国の住人に違いない。 試合中にアクシデントが起こった。 藤真くんは負傷し、退場する。 そのまま藤真くんのチームは敗北を喫した。 試合が終わるまで戻ってこなかったから気になって藤真くんの様子を見に行くことにした。 こんなことなら、前もって「見に行くよ」って話しておけば良かった。 何だか、イタズラがバレて怒られに行くときの心境に似ている。 職員室に呼び出された感じ。 「藤真くん」 医務室に向かっていると向こうから凄く大きい人と大きい人がやってきている。 ユニフォームの色でそれが誰かが分かった。 「..さん」 「怪我、大丈夫?」 医務室に運ばれるくらいの負傷なのだ。大丈夫と言われても心配は続くけど、やっぱり聞いてしまう。 「え、ああ。まあ...それよりも、どうしてここに?」 彼の疑問は尤もで、だからなんだろう。素直に答えるのが忍びない。 「地元なの」 「へ?」 「私の、地元。この間藤真くんにIH開催県だって聞いて、藤真くんの応援がてらに帰ってきてたの」 私の告白に、藤真くんは困ったような表情を浮かべた。 開催県の話を聞いたときに、私は黙っていたから... 「あ、そう..なんですか。すみません、せっかく応援するために帰ってきてたのに...」 彼は痛そうに笑った。実際に痛いのかもしれない。 「ううん、それは..ぜんぜん」 最初から応援してるからって言えばよかった。 今更の後悔が押し寄せてくる。 「藤真、そろそろ...」 眼鏡をかけた凄く大きな人、確か花形くんが藤真くんを促した。 そうだ。部の皆が彼の無事を気に敷いているはずだ。 「じゃあ、さん。また...」 「あ、うん。怪我、早く治ると良いね」 「若いから大丈夫です」 優しい軽口に、私は笑顔を向けた。その言葉にはこれで応えるべきだ。 「羨ましいことで」 9月に入って神奈川に戻った。 バイトのシフトは、電話で連絡しているから神奈川に戻ってからすぐに入れられている。 バイトを上がって、時計を見た。 走ればいつものあの電車に間に合うかもしれない。 まあ、まだ夏休み中だし、明日の朝起きれなくても困らない。けど、やっぱりあの電車がいい。 駆け込み乗車で何とか間に合った。 「大丈夫ですか?」 膝に手を着いて息を整えていると頭上から声がした。 しかし、私はまだ声を出せるほど呼吸は整っていない。 軽く手を上げて応えると彼は私の鞄を持ってくれた。 暫くしてやっと顔を上げられるようになった。 「久しぶり」 「さん、凄い汗ですよ。風邪、引かないように気をつけてくださいね」 苦笑して彼、藤真くんが言う。 「うん、ありがとう。藤真くんは、怪我の具合はどう?」 そう聞くと 「若いので」 と返ってきた。 「よかった。もう大丈夫なんだね」 そういうと「ええ」と彼が頷く。 良かった... 「あの、これ。約束のお土産です」 そう言って藤真くんは鞄から少しくちゃくちゃになった袋を取り出した。 「さん、いつ戻ってくるか分からなかったから、ずっと鞄に入れてて...」 バツが悪そうに彼が言う。 「え、でも...」 「約束だったし。それに、地元のものに触れること、意外と少なくないですか?」 そう指摘されて思わず頷く。 「ありが、とう...」 「それでも要らないって言われたらどうしようかと思いましたよ」 藤真くんが笑う。 「私、そんなに失礼な人間じゃないよ」 そういうと「ですよね」とやっぱり彼は笑う。 不意に、藤真くんは真顔になった。 「オレ、あの時何で定期を落としてまであなたの名前を聞きたかったのか、やっと分かったんです」 「え、何?どういうこと?」 突然すぎてさっぱり分からない。 「さん」 「はい!」 思わず少しボリューム大き目の返事。突然名前で呼ばれてビックリした。 「オレ、『さん』って名前で呼べる所に立ちたかったんです」 「そう..なの?」 「...たぶん」 ちょっと自信なさげに彼は頷いた。 「たぶん?」 聞き返すと彼は視線を外して「はい」と頷く。 その様子が、少し可愛くて思わず笑みが零れた。 「別に、名前で呼ばれてもいいけど。でも、たぶん藤真くんのいう名前で呼べる所って、そういう意味じゃないでしょうね」 彼は頷く。 「じゃあ、とりあえず」 藤真くんの顔を覗きこんだ。驚いたように彼は体を仰け反る。 「9月のうちに、藤真くんの時間が取れたら観光案内してくれない?」 「え?」 藤真くんはきょとんとした。 「ほら、夏休み前に約束したでしょ?わたしが勝手に反故しちゃったけど...」 そう言うと理解したらしくて彼は笑う。 「じゃあ、初デートだ」 「ウチの地元と違って、観光地がたくさんありそうだから楽しみ。よろしくね、藤真くん」 「任せてください、さん」 外には海の景色が広がっているはずの電車の3両目で、私たちは約束を交わした。 |
桜風
12.11.21
ブラウザバックでお戻りください