海の見えるまち 2





 「神さん!」

学校に着くと後輩が声を掛けてきた。いつものことだ。

「あれ?チャリじゃないんすか?」

これはいつもと違う。

雨の日でも自転車で通学することが殆どだけど、今日は電車。朝練が遅い日でよかった。


久々の電車通学で、人助けをしてしまった。

慌てている様子のOLさんっぽい人が鞄から手帳を取り出したらそのままぽとりとパスケースが落ちた。

「落ちましたよ」と声を掛けようとしたけど、お姉さんは急いでいるらしく、しかも気づいていない。

向かう先は改札だろうし、と拾って追いかけていくと案の定蒼い顔をして鞄の中を漁っていた。

定期券にを確認すると「」と書いてある。

こんな人ごみで名前を呼ばれるのもいやかなって思ったけど、むしろこれが見つからない方が大問題だろうと思って「さん」と声を掛けると振り返った。目を丸くして。

さっき拾ったパスケースを渡すととても感謝された。

俺が持っていてもどうしようもないものだし、きっと俺じゃなくても誰かが駅員には届けたと思う。

ただ、俺の場合はこの人、さんが目の前でパスケースを落としたから誰のものかちゃんとわかってただけで。

さんは必ずお礼をすると言ったけど、どうするんだろう。学校の名前は言ったけど、俺の名前は言わなかったのにな。


「昨日置いて帰ったからな」

「え?!そうだったんすか」

「パンクしてた。昼休憩にでもちょっと抜けて自転車屋に行かなきゃいけないんだよ」

学校近くにある自転車屋は個人営業だから閉まるのが早い。

今日の昼休憩はちょっと忙しくなりそうだ。



海南大附属高校。

神奈川に住んでいて、そしてバスケをしていて知らない人はいない。

バスケをしていなくても毎年ローカルニュースでインターハイ出場の報道がされている。

歴史ある強豪だ。

そこで2回目の春を迎えた。

1回目の春と違うところは、ポジションがセンターからシューティングガードになったこと。そして、生意気だけど、一応可愛い後輩ができたこと。


さっきの、さんは海南大附属高校を知らなかった。確かに、そんなに特徴的な制服ではない。

でも、そこそこ有名だと思っていたから少しびっくりしたし、まあ、県外の人なんだろうなって思った。

本当は、そんなもんだなんだろう。

しかし、あのさん。

どうやってお礼をしてくれるというのだろう。社会人としての社交辞令のようなものかもしれない。

「ありがとう」だけでは収まらない何か。

大人って面倒くさいなって思う。



月を跨いで大型連休。

ひとまずチームの形ができて、この連休中は県外のチームを招いての練習試合。

4月頭には沢山居た新入部員も顔を覚えられるくらいには減った。

この練習試合でほぼレギュラーが固まるといっても過言じゃない。

去年、めちゃくちゃ気合入れたのを思い出した。

アップをしていると体育館の外に不審者の姿を見つけた。

きょろきょろとへっぴり腰で周囲を見渡している。声を掛けるべきかと思いながら近づくとその不審者がこちらを見て目を丸くした。

「いた!」

「あ、」と俺の口からも声が漏れる。

半月くらい前に駅でパスケースを拾った人だ。

えっと、さん。

「お礼をしに来たよ」

少し得意そうに笑う彼女は、依然見かけた時とは印象が違った。

「お礼」

「約束したでしょ?」

「約束」

約束って言えるのかな、あれ。

「神さん!」

体育館の中から呼ばれる。

「ああ!」と返事をしてさんを見下ろした。

「これから練習試合なんです」

「そのようねぇ」

「お礼、したいんですか?」

「約束だもの」

「じゃあ、えっと。今日は2試合でその後自主練するから6時過ぎますよ」

「わかった。じゃあ、6時過ぎに駅前のファミレスね。あと、ちょっと見てって良い?部外者立ち入り禁止?」

「いいえ、どうぞ」

「じゃあ。最初の試合だけ見せてもらうわ。入り口はどこ?」

「あっちから。土足で大丈夫です」

「ありがとう」

言って去っていく彼女はさっきのようなへっぴり腰ではなくなっていた。

「神!」

「はい!」

今度は先輩に呼ばれる。

慌てて体育館に向かった。









桜風
16.10.5


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