海の見えるまち 6




 さんは忙しいのか出不精なのか、駅周辺すらあまり知らないようだったから、何度か案内がてらに誘ってみた。

休日は寝てるしかないから大丈夫、と大抵オッケーの返事で、こちらの都合で出かけることになる。

ただ、最近は近場は案内し終わってる感じもあってだとしたら練習試合とかで行った町になるけど、そこまでは求められていないのかもしれないと思うと誘いにくい。


「遠く?ってどれくらい?」

「電車を使って移動する感じで」

結局訊いてみた。

「そうねぇ。でも、神くんの部活の後からだと帰るの遅くなっちゃうでしょう?」

まあそのとおり。

「私はどちらでもいいけど。必要な家事は午前に済ますことができるだろうし。むしろ宿題とかいろいろある高校生はどうなのかしら?」

「宿題は結構楽勝ですよ。俺、優秀ですし」

と返してみたら「あー、かわいい」と棒読みされた。つまりはかわいくないらしい。

「インターハイが終わったら部活の休みもありますし、その日を使ってもいいかなって思うんですけど」

「インターハイ……」

そんなものがあったね、と呟いたさんは頷き「わかった。ちょっと足を伸ばすのも楽しそう」と了承した。

インターハイ前は合宿とかあるし、練習が厳しくなるから正直時間がない。




インターハイが終われば夏の終わりもすぐそこになる。

三年は引退して俺がキャプテンになった。元々そうなると牧さんに言われていたこともあって心づもりはあったけど、強豪の看板が今更重く感じる。

気分転換、と言っては失礼かもしれないけどさんを誘ってちょっと遠くまで足を伸ばそうと思った。

いつものように彼女は二つ返事で了解した。

待ち合わせ場所もいつもの駅前で、時間も同じ。今回は駅を背に歩くんじゃなくて、駅に入る。

去年もだったけど、インターハイに出場すると夏休みが少なくなる。

学校の友達じゃない人とちょっと遠くへ行くというのは非日常で楽しそうだ。



約束の日にいつもどおりさんは時間少し前に来て二駅隣の町に向かった。

こちらは観光地になっている。

流石に来たことがあるかなと思ってさんに聞いてみたら「ないない」と笑った。

「だって、高校の時は部活してたし、部活引退後は受験勉強、大学は短大だったからあっという間に卒業。あまり遊んでる時間がなかった気がする」

彼女は周囲を見渡した。観光客で駅前は賑わっていた。

「海にもあまり行ったことがないからさ、就活でちょっと足を伸ばしたらいい感じに海が見える街で。だから、就職はあそこに決めたんだよね」

「就職の理由が、海が見えるから、ですか?」

「まあ、他にもいろいろあったけど。でも、最終的な決定打は海が見えるってところだったなー」

「適当な理由ですね」

就職ってそんな理由で決めるものかなと少しあきれてしまう。

「適当じゃないよ。生活環境を第一に考えた結果よ。生活していかなきゃ生きていけないんだから」

「なんかちょっと変な理屈になっていますよ」

さて、この街を選らんのは良いけどどこに行こうか……


海が好きと言っていたから海に向かって歩いていると「」と声を掛けられた。

見下ろすと彼女は振り返っていた。

「あー!」と上げた声はどこか弾んでいて、知り合いだというのがわかる。

「ごめん」と一言置いてさんは声を掛けてきた男に向かって駆けだす。

あまりじっと見ているのも失礼かと思ったけど、ちらと見ると男と目が合い、彼が俺を指差した。

彼女は驚いたように振り返ってそして笑いながらまた男を見上げて手を振る。何かを否定するように。

どうしてかその仕草が俺は気に入らなかった。会話の内容を邪推して勝手に腹を立てている自分が滑稽で少し情けない。

少し話していた彼女は掛けて戻ってきた。

「もういいんですか?」

「うん、大丈夫。ごめんね、待たせて」と笑う。

「友達ですか?」

「高校時代の部活仲間。うちの学校の陸上部って男女が明確に分かれて活動しているわけじゃなかったから。男女の身体能力の差はあったけど一緒に練習したりしてたしね」

浮き足立っているさんを見下ろし、歩き出す。

「神くん、ちょっと早い」という文句が耳に入ったけど、少しの間、次の信号までは歩調を緩めることをしなかった。


ショッピングモールでさんが気に入ったものを見つけて買い物をし、外を見るととっぷりと日が暮れていた。

夏とはいえ、この時間ともなればさすがに暗くなる。

さん、時間大丈夫ですか?」

「あ、もうこんなに暗い」

苦笑を零すさんに「すみません」と謝ると首を傾げられた。

「神くん、たこ焼き屋さん発見」

屋台を指差して彼女は笑い、駆けていく。

さんは食べるのが好きらしく、でも店で落ち着いて食事をするのはそんなに好きじゃないのか大抵屋台を見つけて買い食いをする。

「神くんの」と渡され、店に貼ってある代金を確認して財布を取り出そうとしたが「御馳走します」と言われた。

いつものやり取り。

「それ、いつもですよ。俺が払います」

「いいよ。私がお財布から出したお金は私が稼いだお金。でも、神くんのお財布から出てくるお金は神くんのご両親の労働によって得たもの。大切にしなさいって」

「でも」

「大人に甘えなさいよ」

笑う彼女のその表情に苛立ちを覚える。

「大人大人って言うけど、さんと俺はたった4つ違うだけじゃないですか。大して変わらないでしょう」

思わずムキになってしまう。普段、話をしていても大人という雰囲気のないさんは時々大人ぶる。

いや、違う。俺を子ども扱いする。それは、俺にとって少し面白くないことだった。

「うん。それでも、君よりは年を重ねているし君が経験したことがない、『大人』になっている」

「何もしなくてもそうなるじゃないですか」

「これから神くんの前にはたくさんの選択肢が現れる。正解のない、正解がわからないことがたくさん。そして、そこから自分がベストだと思ったもの、ベターだと思ったものを選んでいくことになる。確かに何もしなくても大人になっていくけど、そこまで何も選ばなくてたどり着くことはまずない。大人になるってのは取捨選択した結果を確認するステージのようなものじゃないかな」

やっぱり言ってることはいちいち大人でちょっとイラついた。

しかし、反論できるほどの材料を俺は持っていない。


自分の幼稚さを指摘され、自覚してしまった俺は今までのようにさんを誘ってどこかに行くことができなくなってしまった。

対等ではない、少し遠い人だと認識してしまった。

駅で会えば挨拶をするし、時間があれば立ち話もする。

でも、それ以上はなかった。彼女から誘われることもなく、だから安心して俺は逃げ続けることができた。




◆◇




県外の大学に通っていたけど、就職を機に戻ってきた街の風景は変わらないようで、でも同じじゃない。

地元での就職なのだから実家で生活をしてはどうかと親に提案されたけど、せっかくだから自立したと実感したくて断った。少しだけ、両親に悪いことをしたと思う。


今日から新しい生活が始まる。

1年前はほぼ毎日締めていたネクタイをまたこれから毎日締めることになる。

鏡で身だしなみを確認して玄関のドアを開ける。

坂の上に在るこのアパートから少し遠くに見える海は太陽の光を反射してキラキラを輝いていた。

自転車で坂を滑り降りて会社に向かう。

初出勤で遅刻するわけにはいかない。

会社指定の駐輪場に自転車を置いて入社式が行われる会議室に向かう。

入社式が終わってオフィスに向かう。ビルのワンフロアに会議室とオフィスがある。

ドアを開けて挨拶をすると目を丸くしている人が視界に入った。

「たくさんの選択肢から選んでみました」

その人に声を掛けると大きなため息をひとつ吐いて「神くんならもっと大きな会社っていう選択もあったでしょう?」と返される。

「その沢山の選択肢から決めたんですよ」

この海の見える街に戻ってきて、あなたと並んでみたかったんだ。









桜風
16.12.22


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