ロードワークの途中、土手から降りて休憩をしていると土手の上の方から声がした。
遠くにいるのか、少し小さいけど、でも、この声は...
「一郎ちゃーん!!」
やっぱり!!
「一郎ちゃん?」
「誰のことだ?」
「っつうか、あの美人、誰?」
一緒にロードに出ていた鷹村さん、青木さん、木村さんが顔を見合わせて口々に言っている。
俺は慌てて彼女、さんに向かおうとしたら――どうやったらあんなことが出来るのか俺には全く理解できないけど――自転車ごと土手から落ちた。
「さん!!」
駆け寄って、とりあえず自転車をどけて顔を覗き込むと
「あはは、失敗。」
どうやら骨折とかの大きな怪我は無いようで、さんは肩を竦ませてペロリと舌を出す。
一緒に落ちてきた自転車を起こして、さんも立たせてあげる。
「怪我は?」
「うん大丈夫。慣れてるし、結構頑丈に出来てるんだから。」
さんはそう言ったけど、さっきの落ち方でどこも痛めていない方がおかしい。それに、声が上擦っている。
「おい宮田。その人大丈夫か?」
「えっらい派手な落ち方してたろ?」
「宮田、お前とはどういう関係なんだ?」
三人が寄ってきてやっぱり口々に言う。
「一郎ちゃんのお友達ですか?いつも一郎ちゃんがお世話になっています。」
深々と頭を下げて挨拶するけど、...その人達、俺の『お友達』じゃないよ、さん。
しかし、それより、
「さん、いつも言ってるけどその『一郎ちゃん』っていうのやめて欲しいんだけど。」
そういうときょとん、って首を傾げて俺を見上げてくる。
...とりあえず、今は諦めよう。
自転車を土手の上に押しながら振り向くと、後ろから付いて歩いているさんは足を引き摺っている。...やっぱり。この自転車は荷台が付いているから丁度いいな。
「ありがとう、一郎ちゃん。」
そう言って自転車に乗ろうとしたけど、
「鷹村さん。俺、彼女を家まで送っていきます。父さんに伝えてもらえませんか。」
土手の下にいる鷹村さんに声を掛けると、
「仕方無ぇなぁ。オレ様は心が広いからな!!ちゃんと親父殿に伝えておいてやるよ。」
あー、はいはい。
「じゃあ、お願いします。...ほら、さん。俺が漕ぐから後ろに乗って。」
そう言うと、さんは不機嫌な顔をして膨れていた。折角の美人が台無しになっている。
「一郎ちゃん、練習しなさい。」
「戻ったらちゃんとするし、さん足怪我してるんだろ?このままさんを独りで帰したら危なっかしくてどの道練習に集中できない。だから、ほら。乗って。さんが乗ってくれないと俺は益々練習する時間が遅くなるだろ?」
そう言うと「む〜」と唸りながら渋々荷台に乗る。
それを確認して俺も自転車を跨ぎ、
「しっかり掴まっててくれよ。」
そう言って漕ぎ始める。
本当はもっと優しい言葉を掛けてあげたいけど、大切にしたいって伝えたいんだけど。
でも、その言葉を口にするのが今はまだ怖いんだ。
それでも、まだ言葉というものに怯えたままの俺から、いつかはきっと必ず伝えるよ。
さんを好きだって。
年上彼女に頭の上がらない一郎さん。
いや、この2人の場合は、まだ恋人ではないですね(苦笑)
桜風
05.12.10
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