16.なかしたい。ないてほしい、ぼくだけのために




川原ジムには時々よく通る透き通った、それでいて力強い声が響く。

「ホラホラ、皆しっかりしなさい!」

さんはジムの会長の娘だ。

俺よりも年上で、しっかり者だ。面倒見もいい。

姐御タイプと言っても良いかもしれない。

まあ、年上に対して『しっかり者』と評価するのはちょっとおかしいかもしれないけど...

しかし、普段はそんな感じでも、そうでないときだって勿論ある。

その場面に俺は偶然遭遇してしまった。


1年くらい前。

俺が海外から帰ってきたすぐのころ。

いつものコースを走っているとそこに佇む人影があった。

そして、その姿は俺がよく目にする人物にそっくりだった。

そう、今日も見た。

楽しそうに、嬉しそうに出かけていった。

いつもジムで活動する時のような『動きやすさ』だけを重視した格好ではなく、そのときは、とても可愛らしい、そんな格好だった。


、さん?」

困惑しながら声を掛ける。

だって、こんな元気の無いさんはジムを移籍して来てから初めて見たから。

「宮田、くん...」

彼女の目は腫れていた。目が赤い。

「泣いて、いるんですか..?」

「ち、違うよ。目にゴミが..って、お約束過ぎるかな?」

そう言って誤魔化して笑う。

でも、すぐに瞳から涙が零れた。

「やだな。また目にゴミが...おかしいなぁ??」

そう言って俯く。

「何か、あったんですか?」

「何でもないよ。これは、目にゴミが..」

「自分で言ったじゃないですか。『お約束』だって。つまり、誤魔化すときのお約束ってことだろ?」

「可愛くない...」

「男が『可愛い』って言われても嬉しくないですよ」

「まあ、有体に言えば、失恋しちゃった。もっと詳しく言えば、浮気されてたんだ...」

一生懸命作り笑いを浮かべているさんが痛々しかった。

「思いっきり泣いたらどうです?ここに、一緒に、居ますから」

柄でもない上に凄く苦手な事を言ってしまった。

泣いている人の傍になんて...

それでも、独りに出来なかったし、泣くのを我慢しろなんて言えなかった。

きっと、泣いた方が良いと思った。

さんの瞳から涙が溢れ出して嗚咽した。


そして、漸くいつものさんに戻った。

目は、酷く腫れていたけど、でも、いつも見るさんの笑顔があった。

「ありがとね、宮田くん」

「いえ」

気恥ずかしくて短く返事をする。

「でも、不思議よね。涙って、嬉しいときも、悲しいときも、感動したときも流れるじゃない?でも、同じじゃないのよね。

悲しいときに泣いた後はすっきりするし、嬉しいときに泣いたときは、その嬉しさがもっと大きくなるし。感動した時だって、言葉で表現できない感情が生まれてるってことじゃない?」

そんな事、考えたことなんて無かった。

「うれし涙か...」

さんが呟く。

さん。さんが嬉しいと思うことって何ですか?」

「えー?色々あるけど。そうだな。ジムの皆が頑張っている姿に感動して涙が出そうになるし、それで勝ってくれるともっと嬉しいな」

「そんなことで?」

「『そんなこと』って...いい?宮田くん。君たちは凄いんだよ?たくさんの人を感動させることができるし、それで勇気をもらったとかいう人だって居るんでしょ?そんなの、簡単なことじゃないよ、きっと。少なくとも、私は尊敬してるよ。ジムの皆を。勿論、宮田くんも、ね?」

そう言って笑う。


それを聞いて、俺はさんを泣かしたいと思った。

いや、泣いて欲しい、俺だけの為に。

勿論、嬉し泣きで。

そして、やっぱり最後は笑って欲しい。

俺は、さんの笑った顔が一番好きだから。




ああ、強引な締めです。
うーん、オカシイ...
タイトルを見た時は、一郎さんか千堂だと思ったのですが。
出来上がれば一郎さん。
が、頑張れ、千堂!!(笑)

桜風
06.7.29


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