川原ジムには時々よく通る透き通った、それでいて力強い声が響く。
「ホラホラ、皆しっかりしなさい!」
さんはジムの会長の娘だ。
俺よりも年上で、しっかり者だ。面倒見もいい。
姐御タイプと言っても良いかもしれない。
まあ、年上に対して『しっかり者』と評価するのはちょっとおかしいかもしれないけど...
しかし、普段はそんな感じでも、そうでないときだって勿論ある。
その場面に俺は偶然遭遇してしまった。
1年くらい前。
俺が海外から帰ってきたすぐのころ。
いつものコースを走っているとそこに佇む人影があった。
そして、その姿は俺がよく目にする人物にそっくりだった。
そう、今日も見た。
楽しそうに、嬉しそうに出かけていった。
いつもジムで活動する時のような『動きやすさ』だけを重視した格好ではなく、そのときは、とても可愛らしい、そんな格好だった。
「、さん?」
困惑しながら声を掛ける。
だって、こんな元気の無いさんはジムを移籍して来てから初めて見たから。
「宮田、くん...」
彼女の目は腫れていた。目が赤い。
「泣いて、いるんですか..?」
「ち、違うよ。目にゴミが..って、お約束過ぎるかな?」
そう言って誤魔化して笑う。
でも、すぐに瞳から涙が零れた。
「やだな。また目にゴミが...おかしいなぁ??」
そう言って俯く。
「何か、あったんですか?」
「何でもないよ。これは、目にゴミが..」
「自分で言ったじゃないですか。『お約束』だって。つまり、誤魔化すときのお約束ってことだろ?」
「可愛くない...」
「男が『可愛い』って言われても嬉しくないですよ」
「まあ、有体に言えば、失恋しちゃった。もっと詳しく言えば、浮気されてたんだ...」
一生懸命作り笑いを浮かべているさんが痛々しかった。
「思いっきり泣いたらどうです?ここに、一緒に、居ますから」
柄でもない上に凄く苦手な事を言ってしまった。
泣いている人の傍になんて...
それでも、独りに出来なかったし、泣くのを我慢しろなんて言えなかった。
きっと、泣いた方が良いと思った。
さんの瞳から涙が溢れ出して嗚咽した。
そして、漸くいつものさんに戻った。
目は、酷く腫れていたけど、でも、いつも見るさんの笑顔があった。
「ありがとね、宮田くん」
「いえ」
気恥ずかしくて短く返事をする。
「でも、不思議よね。涙って、嬉しいときも、悲しいときも、感動したときも流れるじゃない?でも、同じじゃないのよね。
悲しいときに泣いた後はすっきりするし、嬉しいときに泣いたときは、その嬉しさがもっと大きくなるし。感動した時だって、言葉で表現できない感情が生まれてるってことじゃない?」
そんな事、考えたことなんて無かった。
「うれし涙か...」
さんが呟く。
「さん。さんが嬉しいと思うことって何ですか?」
「えー?色々あるけど。そうだな。ジムの皆が頑張っている姿に感動して涙が出そうになるし、それで勝ってくれるともっと嬉しいな」
「そんなことで?」
「『そんなこと』って...いい?宮田くん。君たちは凄いんだよ?たくさんの人を感動させることができるし、それで勇気をもらったとかいう人だって居るんでしょ?そんなの、簡単なことじゃないよ、きっと。少なくとも、私は尊敬してるよ。ジムの皆を。勿論、宮田くんも、ね?」
そう言って笑う。
それを聞いて、俺はさんを泣かしたいと思った。
いや、泣いて欲しい、俺だけの為に。
勿論、嬉し泣きで。
そして、やっぱり最後は笑って欲しい。
俺は、さんの笑った顔が一番好きだから。
ああ、強引な締めです。
うーん、オカシイ...
タイトルを見た時は、一郎さんか千堂だと思ったのですが。
出来上がれば一郎さん。
が、頑張れ、千堂!!(笑)
桜風
06.7.29
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