| かじかむ手にそっと息を吐く。 この時期のマネージャー業はつらい。 水場が文字通り水しか出ないのでボトルを洗うのも、タオルを洗うのも水を使うものは全て水で、しかも屋外だ。 指の先の感覚がなくなってくる。 ダム、と体育館の中からボールの跳ねる音が聞こえた。 腕時計を見るとそろそろ終わる時間のようだ。 こっちもそろそろやっと終われる。 いつもは水仕事の方を先に終わらせるのだが、今日はちょっと手順が狂った。 「、終わったよ」 ひょっこり体育館の中から顔を覗かせてきたのは神で、「こっちももう終わる」とは返して作業の手を早めた。 ボトルを指定の場所に置き、タオルを干して更衣室に向かった。 ジャージから制服に着替えて更衣室を出ると目の前に神が立っている。 「お疲れ」 「お疲れ」 お互いに声をかけて、既に暗くなった廊下をゆっくり歩く。 廊下の電気をつけてもいいが、一応窓の外の外灯で困らない程度に灯りはある。 「もう年末だね」 「あっという間だよ」 本当に1年とはあっという間だ。 駐輪場に向かって神の自転車を回収し、神がサドルに跨るとはその後ろの荷台に腰掛けた。 「あれ?、今日手袋は?」 「今朝寝坊したから慌てて出てきて忘れたの」 自分の腰に回されているの手を見て神が驚き、は気恥ずかしげにそう返した。 「じゃあ、俺の貸してあげるよ」 そう言って自分の手に嵌めていた手袋を外し、の手に嵌める。 「いいよ、神の方が寒いはずだもん」 「さっきまで水仕事してたんだから」 そう言って神はハンドルを握る。 これでは神の手に手袋を嵌めることが出来ない。 「お言葉に甘えます」 「よろしい」 そんな会話をして神がペダルを強く踏んだ。 スイと自転車が走り始める。 長い坂を下って車の多い通りに出た。 「あ、そうだったね」 「クリスマスだ」 少し早いイルミネーションに季節を感じた。 「けど、今年も部活だね」 が言うと「じゃあ、今クリスマスする?」と神が言う。 「どういうこと?」 「寄り道して帰ろうってこと」 そう言って駅に向かう道を外れた。 少し走っていると、住宅街の外れと言ったところに小ぢんまりとしたカフェがある。 「何でこんなところがあるの知ってるの?」 「クラスの女子に聞いた。と行きたいなって思ってたんだけど、いつも部活で中々、ね?」 そう言って神は自転車のブレーキを握り、その店の前で静かに止まった。 営業時間を確認するとあと少しで閉店のようだ。 「どうだろう...」 不安そうにが神を見上げ、 「断られたら、諦めよう」 と彼は言って扉を開けた。 「いらっしゃいませ」 小ぢんまりとしている店内はやはり他の飲食店の例に漏れずにクリスマス仕様となっていた。 「あの、良いですか?」 「どうぞ」 そう言ってテーブルに案内された。 「申し訳ありません、ケーキのほうが、もう殆ど売り切れて...」 そういわれて見本として持ってこられたケーキはどれも美味しそうで、が悩んでいると「はどれで悩んでるの?」と神が言う。 「これと..これ」 「じゃあ、これとこれ」 が指差したケーキを神が注文する。 「半分ずつにしたら両方食べられるだろう?」 そんなことを言われては嬉しくて頷く。 は温かい紅茶、神はコーヒーを注文し、ケーキが運ばれてくる。 ふと、店内にかかっている曲が変わった。先ほどまで洋楽の知らないバラードだったのに、今流れているのはでも知っている曲のオルゴールバージョンだ。 「あ、」とが声を漏らす。 店員さんが笑った。 「せっかくですから」 「良かったね、これで今年のクリスマスも諦めて部活に勤しめる」 「うーん、それはそれでどうだろう」 そう返しつつも、も実は同じことを思っていた。 「今年のクリスマスも、去年と同じでプレゼント交換くらいだね」 「いいよ、選抜優勝してくれれば」 しれっというに神は苦笑して「鋭意努力します」と返す。 「来年のクリスマスは、ちゃんとクリスマスしようか」 「あら、部活は続けないの?」 「どうだろう...」 肩を竦める神に「わたしは、受験生」とが釘を刺す。 「大丈夫。俺がの勉強を見つつ、クリスマスだ」 「厳しいなぁ」 少しだけ情けない声を上げるだったが、来年の約束が出来たことが本当は嬉しくて、それは神にもちゃんと伝わっていた。 |
桜風
11.12.1