13. 昼食をおすそ分け





入学して間もない頃、学校の裏庭に行くと「みゃー」と可愛らしい声で鳴く子猫がいた。

白と黒のぶち。

大きくなったらきっと見た目は可愛くなくなるだろうその子猫を目にして藤真の頬が緩んだ。

自分は決して猫派ではない。さらに言えば犬派でもない。つまり、特に好きな動物がいると言うわけではない。

だが、この子猫は世渡り上手なのだろう、と藤真が心から唸るほど人懐っこい。

人がやってきたら擦り寄って来て可愛らしい声でおねだりをする。

「くそっ」と負けた気になりつつ、本日学食で勝ち取ったコロッケパンを分け与えた。


それから毎日とはいかないまでも足しげく裏庭に通った。

藤真の姿を目にすると子猫が繁みから出てくる。

そこがまた可愛く思えてくる要素のひとつだ。


春先の雨は人でも寒く感じる。

生まれたときから野良なのだろうから、あの子猫もきっと大丈夫だとは思うが藤真は気になって、放課後の練習が終わってから裏庭に向かった。

そこには小さめの折りたたみ傘が置いてあり、例の子猫はその傘の下にいた。

藤真を見つけて「みゃー」と寄って来る。

落っことしたわけではないだろう。自分以外の誰かがこの子猫の存在を知って傘を置いて帰ったのだと推測される。

「お前、意外と愛されてるんだな」

藤真が声を掛けると「みゃー」と少し誇らしげな声で子猫が鳴いた。



「...何してんの?」

「うっひゃあ!」

学校の壁をえっちらおっちら越えて侵入しようとしている女の子を見つけて藤真は声をかけた。

彼女は驚き、頓狂な声を上げる。

足を滑らせて壁から落ち、たたらを踏んで尻餅を何とか回避しようとする彼女の背を藤真は咄嗟に支えた。

「ありがとう」

「や、けど...不法侵入?」

「え、いや...ち..違うよ」と上滑りした声で彼女が答える。

彼女の背負っていたリュックからコロリと何かが落ちて藤真が拾う。

子猫用の猫缶だった。

「あんた...」

藤真が彼女を見ると彼女はわざとらしく吹けもしない口笛を吹いている。


彼女の名前はというらしい。

近所のマンションに越してきた子で、マンションの非常階段から学校の裏庭が見えたらしい。裏庭なので、学校側もそんなに気にしなかったのだろう。

ああ、あのマンションか、と藤真は納得した。

非常階段から見える裏庭には子猫がいるではないか。

可愛いな、と思っていると定期的にそこに足を運ぶ男子がいた。

まあ、男子校なので男子しかいないのだが...

お昼ごはんをあげているらしい。

今まで自分が住んできた歴代のマンションはペット禁制だったし、親が転勤族だったので動物が飼えずに育ってきた。

ある日、雨が降った。

その日は気温が上がらず、吐く息が白い。これは子猫も寒いに違いない。

そう思ったは、折り畳み傘を持って学校に不法侵入して猫に提供した。

そして、本日。

勇気を振り絞って再びの不法侵入を試みて、その学校の生徒に見つかったというワケだ。

「あ、あの...」

「まあ、警察に突き出すとかそういうつもりは無いけど。今回のマンションもペット禁制なんだ?」

「ううん、あそこは大丈夫」

「じゃあ、飼うの?」

藤真が問う。

少しがっかりしている声音で。

「え、あ..いや...キミが可愛がってるから」

「藤真健司」

『キミ』と言われて藤真は自己紹介をした。

「あ、うん。藤真くんが可愛がってるし。猫を抱えて塀越えはムリっぽいって思ってたから...」

が言う。

「んじゃ、連れてこようか?」

藤真の提案に「え?」とが声を漏らす。

「だって、可愛がってくれる人がいるならあいつもそっちの方が良いだろうし」

「けど..いいの?」

「あいつに会いたい一心で男子校の壁越えをしようとする人が無責任に途中で投げ出すと思えないし」

藤真の言葉に彼女は目を丸くしたが「お願いしてもいいかしら?」と言う。

「ちょっと待ってて」

そう言って藤真は正門に回り、暫くして子猫を抱えてやってきた。

「はい」と彼女に渡す。

「ありがとう」と受け取った彼女は目を細めてその猫を撫でる。

「ねえ、この子の名前は?」

が藤真に問う。

「つけてない。これ以上情が湧くとまずいって思ったから」

だからさっきから『あいつ』と言っていたのか...

は納得した。

「わたし、あのマンションの4階に住んでるの。この子に会いたくなったら遊びにおいで」

の言葉に驚いた藤真は目を丸くしたが、「こいつをダシにナンパ?」とをからかう。

「失敬な!ナンパをするならこの身ひとつでナンパします!」

と良く分からない宣言をされた。

面食らった藤真はきょとんとしてやがて笑う。

「わかった。1回くらい顔を出すよ」

「そうね。そのときにはこの子も名前があるよ、きっと」

「いい名前付けてやってよ」

「まっかせといてよ」と彼女が言うのと同時に彼女の腕の中にいる子猫が「にゃあ」と鳴く。

まるで「任せたよ」と言っているように。









桜風
11.4.1