| ふと、懐かしい気配を感じた。そんなはずは無いと思いつつも蔵馬はそちらに向かって足を進める。 遠くでチャイムが鳴っている。南野秀一という人間として生活している蔵馬としては、本来なら学校に着いていなくてはならない時間だ。 しかし、彼は学校をサボることにした。 幸いなことに、母は仕事だから学校から連絡があっても電話に出られない。 そして、学校側や母に何か聞かれたら調子が悪くて家に帰ったと言えば何とかなるはずだ。 母に嘘をつくのは多少の抵抗はあるが、本来蔵馬は他人を騙すのが得意だ。 「まさか...」と蔵馬は呟いた。 懐かしい気配。昔、魔界に居たときに交流を持っていた妖怪の妖気だった。 「」と声を掛けてみる。 彼女は息も絶え絶えといった様子だが、生きている。 「蔵..馬?」 薄く目を明けた彼女は蔵馬の名を呼び、そのまま気を失った。 次にが目を明けると知らない部屋の中で文字通り飛び起きた。 「少しは安静にしていろ」 ベッドのそばに居た青年が声を掛けてきた。彼は蔵馬の妖気を微かに感じるが、どうも人間のようだ。 「誰、だ...?」 「さっき、俺の名前を呼んだじゃないか」 肩を竦めて蔵馬が言う。 「蔵馬?!随分とまあ、若くなったなぁ...」 感心して呟くに蔵馬は苦笑して「相変わらずだな」と返して部屋を出て行った。 は改めて部屋の中を見渡す。 そして、ベッドの下を覗いてみた。 「何をしてるんだ」 呆れた口調で言われて慌てたはベッドから滑り落ちて頭を打った。 頭を抱えてゴロゴロとしているを冷ややかに見下ろす蔵馬の手にはトレイがあり、美味しそうな湯気が立っているスープが載っていた。 「何だ、それ」 「インスタントだが、味噌汁だ。で、今何をしていた?」 「あたしも人間界が長くてね。年頃の男のベッドの下は覗くのが礼儀と聞いたことがあるからそれを実行したまでだ。綺麗にしているな」 誰だ、そんな礼儀を吹聴したヤツは... 盛大な溜息をついて「それはどうも」と蔵馬は返し、彼女にトレイごと味噌汁を渡す。 「こちらに長いといったか。どれくらいだ?」 「熱い」と文句を言うの溜めに味噌汁を吹いて冷ましてやった蔵馬が問う。 「3ヶ月だ」 「...短いだろう、それは普通に」 「そうか?人間界と魔界を行き来することが出来るようになってすぐだから長い方じゃないのか?」 まあ、そういう意味では長いかもしれない。 「それで。は何故生きているんだ?」 「死んでいた方が良いようなことを言うな」 抗議の声を上げる彼女に「はいはい」と適当に返して蔵馬が促す。 「ちょっと面倒ごとに巻き込まれそうだったからな。死んだことにしたんだ」 さらりと返す彼女に蔵馬は天井を見上げた。 それなりに心配したのに。あの『蔵馬』が。 なのに、彼女は事もなさげにさらりと言ってのけた。 ちょっとムカつく。 「ご馳走様でした」 そういった彼女は蔵馬の用意した味噌汁をぺろりと平らげていた。 「さて、と」 彼女は部屋の窓を開けた。 「じゃあな、蔵馬。...って、もしかして人間の名前があるのか?」 「南野秀一だ」 「そうか、じゃあな。秀一くん」 悪戯っぽく笑って彼女は窓の縁に足を掛けた。 「おい、まさかそこから出て行くのか?」 「妖怪としての嗜みだ」 笑って彼女が言い、窓の縁に掛けた足に体重を乗せようとしたが、止まった。 「ああ、そうだ。蔵馬、今更だが...心配してくれてありがとう」 そう言って彼女は窓から飛び出して行った。 「言い逃げか...」 そういえば、彼女は逃げ足だけは速かったことを思い出し、蔵馬は苦笑した。 |
桜風
11.7.1