| 練習が終わり、事務所に向かった。 今朝、廊下でに声を掛けられた。 「来月の色紙プレゼントは、村越くんだから。手が空いてるとき、いつでも良いから来てよ」 と言われたので、早々にその用事を済ませておこうと思ったのだ。 彼女はイースト・トーキョー・ユナイテッドの広報の一人である。 広報は女性が働き者で、男性はのんびりだとスタッフが言っていたが、おそらくその通りなのだろうと選手としてフロントを見ている自分も納得する。 ノックをして事務所の中に足を踏み入れる。 誰も居ない。 さて、どうしたものかと思ってソファにバッグを置こうとして「うお、」と呟き、脱力してしゃがんだ。 「おいおい」 ソファにはがいて、眠っている。 危うく、彼女の腹にバッグを置くところだった。 ほぼ自分の目線と同じ高さにある彼女の顔をじっと見た。 彼女との付き合いはいつ頃からだろうか... 自分がこのチームに入ってからだから、もう10年近い。 「10年か...」 フロントと選手と言う多少の立場の違いはあれど、同じチームの者として苦楽を共にした。 選手の入れ替わりも凄かったが、それと同じくらいフロントはバタバタしていた時期があった。 クラブの台所事情を考えれば給料はそんなに高くないだろうから、本当に好きでなければこの仕事は続けられないのだろう。 「」と声を掛けてみた。 無反応。 「ったく...」 ガシガシと頭を掻く。 他のスタッフが居ればとっとと用事を済ませて帰ることが出来るのだが、今はしかいないし、どれにサインしておけば良いのか分からない。 何より、「」と今度は肩を揺すってみた。 まだ起きない。 こんな誰でも簡単に入れる部屋で本気の居眠りとか、無防備すぎるだろう。 村越は不機嫌に深い溜息を吐いた。 「、起きろ」 先ほどよりも少し強めに肩をゆすりながら声を掛けると「んー」と彼女の眉間に皺が寄る。 「あー、村越くん?」 薄く目を明けて彼女が掠れた声を出した。 「風邪か?」 体調不良で眠っているのだったら、毛布でも掛けるように指導しなければと思っていると彼女は「ん、ん...」と喉を鳴らして「寝起き」と返す。 「けど、こんなところで寝てたら風邪引くだろうが」と言うと「んー、そうかも」と言って体を起こした。 「村越くんは、何で此処に?」 「24時間も経ってないぞ?」 そう返されて「いつもすぐに来てくれるから助かるわー」と言いながらがソファから降りてデスクに向かう。 「世良くんって張り切る割りにすっかり忘れてることが多いし」 そう言って色紙とペンを渡した。 さらさらとサインを書いて彼女に一式返す。 「なんか飲んでく?」 「他のスタッフは?」 「有里ちゃんと部長は外交。あとは..いつの間にか行方不明」 良いのか、そんな職場で... 「もらおう」と言って先ほどまでが寝ていたソファに腰を下ろした。 緑茶を淹れて来たが村越の前にそれを置き、自分も隣の一人掛けのソファに腰を下ろす。 「忙しいのか?」 「んー、まあまあ。残業は増えたけどね」 肩を竦めて彼女が言う。 「そうか」と言って彼女の淹れてくれた緑茶を一口飲んだ。結構渋い。 眉間に皺を寄せた村越に彼女はニッと笑う。 「渋い?」 「そうだな」 「あたしにとっては目覚めのいっぱいだから濃く出したの。ごめんねー」 確信犯め、と思いながら「いや」と返す。 「ところで、」 彼女がテーブルにカップを置いたのを確認して村越が声をかけた。 「何?」 「たまに、口をすっぱくして言っていると思うが」 そう言って斜め隣に座っていたの腕を引いた。 「わあ!」と声を上げた彼女の体はいとも簡単に村越の腕の中に納まった。 「無防備にも程がある」 不機嫌な村越に対して機嫌の良い。 「心配してくれた?」 「ああ。これ以上心配事を増やしてくれるな」 そんな村越の言葉には「たまには良いじゃん」と軽く返すが、「たまに、ならな」と返されて首を竦める。 「ありがと」とが言うと「確信犯」と村越が返す。 自分を見上げるの目が「そうだよ」と言っていて、村越はまたひとつ溜息を吐いた。 |
桜風
11.8.1